東日本大震災の傷跡


2011年7月15日だった。
ポイントで一人やっていると、ラジオの様な音が聞こえた。
山をラジオを付けて歩く人が時々いるから、話し声をそう思ったのだが
音の方を見やると二人連れで、一人は以前にここで会って、少し話をした事のある人だった。
そして、その感じから、連れは息子さんだろうと、察しが付いた。

私は彼の事も少し聞いていたから、一番気になっていた事を話題にした。
「地震は大変だったでしょう。」
彼がその時に何と答えたかは、もう全く覚えていないのだが、
その後に彼は、静かに離れていった。
少しして父親が、「向こうで採集するので。」と挨拶に来て、
それから彼と一緒に、木立の向こうに消えていった。
その後ろ姿を見送った時に
私は、この場で一番話題にしてはいけなかった事に触れてしまったことに、遅まきながら気がついた。


今でもその時の配慮の無さを悔やんでいる。