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 乙女高原ファンクラブ 公認
乙女高原メールマガジン第442号  2020.11.28.
 発行者:植原 彰(乙女高原のある山梨市牧丘町)
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  ▲▼ もくじ ▼▲
NEW! 0.【ニュースニュース】
NEW! 1.【活動報告】「勝手に」草刈りボランティア 11月23日(月・祝)
NEW! 2.【活動回顧】①「乙女のヒミツ」との出会い
    3.【活動案内】乙女高原自然観察交流会    12月05日(土)
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0.【ニュースニュース】

●1.なんとも歯切れの悪い言い方・二枚舌のような言い方で申し訳ありませんが…。今年の草刈りボランティアは苦渋の判断で中止としました。ボランティアでの草刈りを始めて21年目にして初めてのことです。とはいうものの、少しでも草刈りを行い、次につなげたいと、県と市にはお断りした上で、スタッフに立候補してくださった方々を中心に「個人の判断」で…言ってみれば「勝手」に草刈りボランティアを行いました。少人数ですから草刈りを全部済ますことは到底できませんでしたが、ある程度草を刈って、遊歩道等に敷き入れることができました→1

●2.「勝手に草刈り」の前日である11月22日に乙女高原に行ってみると、草原からエンジン音が聞こえてきます。ヘルメットをかぶり、ゴーグルもし、両肩からつるすタイプのバントをかけて刈り払い機を操作している男の方がいました。てっきり県から事前草刈りを委託された業者の方だと思いました。が、ロッジ駐車場に戻ってきたところで「ご苦労様です」と話しかけたら、「ネットで今年の草刈りが中止になったことを知り、『それなら勝手に行って、草刈りをしてやろう』と、愛知から来ました」とのこと。びっくりしました。世の中、こういう「スーパーボランティア」がいらっしゃるんですね→1

●3.メールマガジン前号で、乙女高原ファンクラブ創設20周年を記念して、乙女高原の保全活動の歴史(植原の目から見た…ということになりますが)を連載していく旨、お知らせしましたが、今回からスタートです。今回は、農文協の雑誌『食農教育』2004年9月号に載せていただいたものをベースにしています→2

●4.やはりメールマガジン前号でキシャヤスデを紹介しました。1976年(44年前ですから、乙女高原の発生とは周期がずれていますよね。44は8の倍数ではないので)小海線の甲斐小泉-野辺山間でこのヤスデが大発生し、ひかれたヤスデの体液で車輪が動けなくなり、動けなくなった列車は6本、運休した列車は12本にのぼり、ヤスデが発生した約2か月間、ヤスデ駆除のために動員された人はのべ331人にのぼったそうです。すさまじいですね。
 今回の乙女高原エリアでの「発生」はそんなに大規模ではなかったように思います。前回の2012年には林道の隅にヤスデの死体が次から次へとありましたが、今回はそうでもなかったですから。とはいえ、同じエリアでも地域によって多くみられる所と全く見られない所がありますから、断定するのは要注意です。

●5.調べていたキシャヤスデの論文の中に、「大発生した次の年の5~7月に再び活動する」とありました。来年の夏、乙女高原でまた会えるかもしれませんよ、キシャヤスデ。

●6.(再掲)コロナ禍の今後の状況によって開催不可になるかもしれませんが、来年3 月には乙女高原ファンクラブ20周年を記念した、大掛かりな展示会を予定しています。パネル10枚を使う大規模なものです。山梨市駅前の「街の駅やまなし」が会場です。この展示会には受付係が常駐する必要があります。ご都合がつく方には、ぜひご協力いただきたいと思います。詳しいことが決まりましたら、お知らせします。

●7.(再掲)来年4月22日、乙女高原ファンクラブは設立20周年を迎えます。「自然を守る活動」に終わりはありません。自然も社会も変わり続けているので、「これで分かった」とか「これでおしまい」ということがないのです。今回のコロナ禍のような状況でも、細々とでもいいから、とにかく「続ける」ことが一番大切だと思います。とはいえ人の生涯には限りがありますから、「続ける」ためには「世代交代」が必要です。
 そんなことから、乙女高原ファンクラブの世話人は2年ごとに改任しています(再任はもちろん可)。今年度末(来年3月の総会)は世話人改任の時期です。乙女高原ファンクラブはボランティアの会なので、世話人改任は「立候補→総会で承認」という手順を踏みます。乙女高原の自然を次世代に引き継ぐため、ぜひ立候補をよろしくお願いします。このメールに返信で結構です。

●8.(再掲)「乙女高原の写真屋さん」古屋さんの写真展が開催中です。12月27日まで。場所は写真工房「光」ギャラリー、「国道140号『牧丘トンネル南』交差点より県道206号を窪平方面へ約550m。若月歯科手前を右折してすぐ」、連絡先は0553-35-3052「ご来廊の際はご連絡をお願いします」だそうです。
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1.【活動報告】●「勝手に」草刈りボランティア●

 20年間途切れることなく続いてきた「草刈りボランティア」ですが、今年はついにコロナに屈し中止。悔しいけれど、それは致し方ない判断でした。
 ですが・・・中止で乙女高原に来なかった皆さんには、たいへん申し訳ないのですが・・・、乙女高原の草刈りをここで絶やしてしまうわけにはいきませんので、市と県にお断りした上で、乙女高原ファンクラブの世話人や草刈りスタッフに立候補してくださった方など十数人だけに、「活動が必要だと思う人・活動をしたいと思う人が『個人の判断で』『勝手に』草を刈ったり運んだりする活動」をメールで提案させていただきました。
 また、「乙女高原の草刈り中止」というメールマガジン号外を配信させていただいたところ、複数の皆さんから「だったら、自分が行って、少しでも草刈りをしますよ」という提案をいただきました。極めつけは、前日の22日、準備のために乙女高原に行ったところ、「草刈り中止のニュースをホームページで見て、だったら一人でのんびり草を刈ろうと思い、愛知から来ました」という方にお会いしたことです。恐るべし乙女高原ファン!と思いました。

 11月23日、11月とはとても思えないくらい暖かく、穏やかな1日でした。
 中止になっているのですから組織的に行うわけにはいきません。組織的には行えませんが、事故でも起きたら大変です。急きょ保険には加入しました。保険に加入するためには名簿を準備する必要があります。テーブルの上に名簿を置いて、各自、記入してもらいました。コロナ対策として急きょ、前日に「非接触型の体温計」を購入し、体温測定もしました。中止になる前にペットボトル茶や作業用手袋は買ってしまってあったので、それを配布しました。まるで受付です。
 組織的には行えませんが、けが人でも出たらたいへんです。救護センターを設置しました。ベンチの上に救急用品を並べました。

 乙女高原に着いた順に作業を始めてもらいましたが、中には「草刈り中止は知っていましたが、来てみました」「たまたま乙女高原にいたら、作業が始まったので、自分にも作業させてください」など、様々な方が作業をしてくださいました。到着時間も朝早い人から遅い人まで。早く帰る人から遅くまでいる人まで。本当に勝手にきて勝手に帰るという作業形態でした。
 各自がそれぞれ自分が必要だと思う作業を、自分のペースに合わせて行いました。とても全部は書ききれませんが、こんな作業です。

・刈り払い機による草刈り→遊歩道の両側を優先して刈れば、それを遊歩道に敷き入れることができます。また、今回は谷地坊主湿地に向かう旧遊歩道の急坂に刈り草を藁撒きする計画なので、その周辺も優先的に刈ってもらいました。

・鎌による手刈り→遊歩道「ツツジのコース」周辺はレンゲツツジが多く、刈り払い機ではツツジを傷つけてしまう可能性があります。鎌を使って丁寧に草を刈ります。

・林道の両側の草刈り→「乙女高原の顔」とも言えますからね、てつねいに草刈りしてくださいました。シカ柵と木製柵の間の細長いエリアはすでに草刈りされていましたが、どなたが?

・谷地坊主湿地に向かう旧遊歩道の急坂への藁撒き→県の事業で階段状に柵を設置してもらいましたが、今度はその両側の土が流されてしまいました。そこで、今年の春、遊歩道のこの部分を閉鎖し、新たな遊歩道を設置しました。閉鎖した部分に周囲の刈り草を多めに敷き入れ(=藁撒き工法)、植生の回復を待ちます。

・遊歩道への刈り草の敷き入れ→急な坂でなくても、遊歩道はどうしても、えぐられ、窪んでしまいます。人の踏みつけによって草が生えにくく、降った雨によって土が流されてしまうからです。そこで、乙女高原では刈った草を遊歩道に敷き入れ、雨の影響を小さくしています。敷き入れるときは遊歩道の向きと直角方向に入れるのがミソ。そうしないと、歩いた時、すべって転びやすくなってしまいます。

・解説版の清掃→ペットボトルに入れて運んだ水をかけ、スポンジたわしでこすって、汚れを落としました。見違えるようにきれいになりましたよ。

・シカ柵出入口の金具を固定→春から秋の間は、シカ柵出入口のドアを閉めるとき、金具を下ろしてもらっていました。このまま冬を迎えると、地面の中が凍ってドアを押し上げ、金具をグニャッと曲げてしまいます。そこで、冬の間だけチェーンを巻き付ける形で、ドアを閉めてもらいます。そのための作業を行いました。

 お昼になり、いったん作業中断。もちろん予定にはありませんでしたが、いつもの年のように「乙女高原の写真屋さん」古屋さんに記念写真を撮ってもらいました。
 今年度は1月の乙女高原フォーラムも延期なので、乙女高原フェローの認証も行いました。今年、乙女高原フェローに認証されたのは角田さんお一人でした。
 お昼を食べた後も、残っていける人は残って作業を続け、3時前には終了しました。
 まだ刈り残し、敷き入れ残しが相当あります。これをどうするかが今後の課題です。
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2.【活動回顧】●①「乙女のヒミツ」との出会い●

■自然の中にトラクター?!
 あの時の気持ちの高揚を,どうやったら皆さんにうまく伝えられるかなあと思いながら,この文を書いています。
 乙女高原はぼくの住む牧丘町にあります。標高一七〇〇メートル。夏でも涼しいこの草原には,初夏のレンゲツツジのころ,真夏のお花畑のころ,たくさんの人が訪れます。ぼくと乙女高原とはもう20年以上ののつきあいですが,今から思えば,最初の頃って,乙女のことをぼくは何も理解していませんでした(つき合っていた昔の彼女の話ではありません)。とにかく夏の花の種類の多さが魅力でつきあい始め,学生時代には,わざわざ茨城から大学周辺の子を連れてきて,泊まりがけで飯盒炊さんしながら自然観察をする会まで開催しました。就職してからも,ぼくの大好きな自然観察会を何度も開きました。草花はもちろん,鳥,きのこ,けもの,木,虫,星…。行けば行くほどいろいろな魅力が見つかりました。
 当然の成り行きとして,ぼくはいわゆるベストシーズン(春から秋)以外の季節にも行くようになりました。その都度,新しい出会いがあり,ますます頻繁に出かけるようになりました。そして,ある年の冬,見てしまったんです,トラクターが草原内で動いているのを。

■人が関わることで成り立つ自然
 驚きのあまり,一瞬,呼吸が止まったと思いました。だって,こんなに自然が素晴らしい乙女の草原の真っただ中をトラクターが走っているんですよ。次の瞬間,ぼくはトラクターにダッシュしていました。
「おじさん,何やってるんですか!?」
「…見れば分かるでしょ。草刈りだよ」
「で…でも」
「草刈り…? 毎年やってるよ」
 威勢よく尋ねたのに,淡々と答えられてしまい,勢いが削がれてしまいました。そしたら,ちょっぴり冷静になれ,あることに気づきました。
 「あれ? これって,大学で習った遷移停滞じゃない?!」
 日本のような湿潤で温暖な気候帯では,一般的に,裸地ができても,やがてはどこからか草のたねが飛んできて草が生え始め,草原になります。また、裸地の地面の中に、草のたねが含まれていて、それが大きくなることもあります。草原の中に今度は木のたねが飛んできて,それが大きく育ち,やがて森へと変わっていきます。このように自然の成り行きで自然が移り変わっていくことを遷移と言います。
 乙女の草原も自然のままだと森に遷移していくはずです。事実,草原の中にシラカバやヤマナラシ,ヤナギの仲間の若木が見られます。でも,森にならずに草原のままの姿を保っているので,『遷移が停滞している』というわけです。
 今まで何度も「なんでまわりは森なのに,ここだけぽっかりと草原なんだろう?」と疑問に思いました。でも,そのたびに「そういうもんなんだろう」「それがここの自然なんだろう」と,深く考えようとはしませんでした。「ここ(乙女)」に「それ(草原)」があるからには何か理由があるはずだ・・・なんてことに思いが及ばなかったのです。
 ところが,トラクターを見て遷移停滞に思いが及んだとき,トラクターと遷移停滞の結びつきがはっきりと見えてきました。この草原を保ってきたのは草刈りという毎年行われてきた人の営みだったのです。草刈りをする時期は冬なので,いくら刈られても,枯れている草は痛くもかゆくもありません。でも,草原内に生えてきた木にとっては刈られることはまさしく致命的です。草刈りの時に「遷移の芽」である木を切っていたために,遷移停滞が起こり,ずっと草原の姿でいられたわけです。乙女の草原は人が手を加えることによって,初めて保たれる自然だったのです。

■草刈りの理由
 では,どうして初冬に草刈りなんかをしていたと思いますか?
 それは,乙女高原がスキー場だったからです。じつは,乙女高原は山梨県で第1号の「スキーの競技会ができるほどの」スキー場だったそうです。開設されたのは1951年。もう半世紀以上も前のことです。
 スキー場とはいえ,長野や新潟といった豪雪地帯のそれと違い,雪が降ってもせいぜい1メートル半。下手をすると枯れ草が雪の上に出てしまいます。そこで,スキーシーズンを迎える初冬に草刈りをしていたというわけです。
 スキー場になる前は,ふもとの集落の共有の茅刈り場だったそうです。やはり,毎年初冬に草を刈って持ち出し,冬の家畜(おもに馬。山梨では農耕に馬が使われていました)の飼料に混ぜたり,畑で燃やして灰にし,肥料としてまいたのだそうです。
 土地の利用目的は「茅刈り場」から「スキー場」へと変わりましたが,「初冬に草刈りをする」という利用形態は変わらなかったため,昔からの景観が維持できたわけです。
 ちなみに,日本の草原のほとんどは,昔の乙女高原と同じように,一次産業と密接に関わった管理をされ,保たれてきました。具体的に言うと,家畜を放牧するか,火入れをするか,草を刈るか,あるいはこの二者・三者の組み合わせです。ですから,日本の一次産業が衰退すると同時に,ほとんどの日本の草原も衰退の一途をたどっています。大正時代には国土面積の10%ほどが草原だったのに、今では1%にまで減っているそうです。
 ところが,乙女高原の場合,たまたま途中から利用目的がスキー場に変わったため,衰退することなく,草原が維持されてきたというユニークな場所だったのです。これが『乙女のヒミツ』です。

■「知る」ことは「好きになる」こと
 このことを本や人の話で知ったのでなく,自然観察を通して自ら気づき,乙女高原に関わりのあった方への取材などを通して理解できた時,自分の心の中に新しい感情が芽生えました。この自然を守っていきたいという思いです。
 そして,この自然を守るためには,「人と自然との関わり」も守り・育てていかなければだめだという考えもすぐにこの思いに追いついてきました。だって,「自然」と「自然を大切にする人(の心)や社会(のしくみ)」をセットで用意しない限り,自然は守れませんものね!?
 この出来事以降,観察会が変わりました。お花の解説やスケッチ,お花にあだ名をつけるゲームなど観察会定番のプログラムはさほど重視せず,ぼくが驚きをもって気づいた『乙女のヒミツ』に,いろいろな状況証拠から迫っていくという観察会です。(つづく)
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3.【活動案内】●乙女高原自然観察交流会● 12月05日(土)

・雨や雪の場合、決行するか中止するかは連絡しません。
 各自でご判断ください。
・集 合 午前9時 牧丘の道の駅集合
・持ち物 弁当,水筒等をご用意ください。
     帰りの時間は、集まったメンバーで協議して決めます。

 【乙女高原観察交流会 覚書】scince2015.12
●乙女高原ファンクラブとしての行事でなく、参加者各自の自主的活動として行うもので、活動に伴う旅費や飲食、傷害保険などすべて自己責任となります。
●途中からの参加や、午前中だけの参加など自由ですが、解散時間の目安は、現地3時、道の駅3時半とします。
●雨天の場合などは現地には行かず、道の駅での交流会にしたり、早めに散会するなど、参加者各自の意思で決めてもらいます。
●参加者は、乙女高原ファンクラブのメルマガメンバーとしますが、お知り合いを同行されることは自由です。
●乙女高原観察を通した交流目的のため、参加者間で情報を共有できるように、乙女高原ファンクラブ世話人会の了承のもと、メルマガなどを利用させていただきます。

※今後の予定
⑩01月09日(土)09:00~ 牧丘の道の駅集合
⑪02月06日(土)09:00~ 牧丘の道の駅集合
⑫03月06日(土)09:00~ 牧丘の道の駅集合
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