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この世の肉体を持った私たちは、通常は霊的身体独自としての行動はとれません。
しかし、肉体の睡眠時等は、その限りではありません。霊魂(本性自身)は通常は睡眠の必要はありません。
そして、霊的世界への霊的身体の独自(命の紐で結ばれた状態)としての(相応の)行動がとれるのです。
夢には様々な原因、要素があり、その記憶想起(思い出す事)にも様々な様相がある為、一律に夢を定義する事は困難です。
私自身、取るに足りないと思える夢(解消的夢)も見ますが、それらは、様々な負の面を解消してくれる場合が多いと実感しています。
通常、感動や感激を伴うような印象的な夢は、ある程度思い出せる可能性が大きくなります。
睡眠中の霊的体験の記憶想起(思い出す事)、特に真実に近い想起(再現)の為には、霊的感性の発達が助けになります(その次元、波長の高低によって、その差は大小様々ではありますが)。
たとえば、この世には無い、安らぎ、居心地の良さ、美しさ等々の感覚を想起(再現)する事は、通常の肉体脳(顕在意識)だけでは難しい事と言えます。
霊的感性を用いる事によって、それらの霊的事実を(その感性に応じて)想起(思い出す事)が出来る可能性があります。
他界した親族、知人等と夢の中で会ったという話は、世の中に沢山あります。
それらの中には実際の真実の霊的再会が数多くあっても、不思議な事ではありません。
真実の霊的再会であった場合には、その現れた様子そのものに、その時の故人(霊人)が伝えようとしているメッセージが表されています。
もしも、寂しそう、何か戸惑っているような様子等であったなら、その故人(霊人)の為に祈って(思って)上げて下さい。
速やかに真実(真理)の存在に気付き、光(救いの霊)の導きに従って救われますように、との思い(祈り)を捧げて上げて下さい。
その真実の思い(祈り)こそ、迷いつつある故人(霊人)を、やがて光(救い)へと導くきっかけと成り得るのです。
もしも、笑顔、嬉しそう、楽しそう等であったなら、あなたに対して「私は大丈夫、今幸せに霊的生活を送っています」という、何よりも大切なメッセージが表されています。
中でもその表情(微笑み、笑顔)は、その幸せなメッセージの確実な表現なのです。
その時は、あなたも安心して、故人(霊人)の益々の幸せを思って(祈って)上げて下さい。
その正しい思い(思念、祈り)こそが、故人(霊人)への最善の供養になります。そして、同時にその故人(霊人)との霊的関係(絆、愛)を強くします。
睡眠中の真実の霊的事象も、(個人差によって強弱の差はあっても)目覚めの時に思い出す事が出来る可能性はあります。(その内容には、霊的真偽も含め、正邪、善悪等自身でしっかり判断する必要はあります)
したがって、すでに他界している親族、友人、知人等(真の愛が、互いに通じている相手)に霊的に自ら会う事が出来る可能性はあるのです。
あなたにも、会いたい故人(霊人)に霊的に会う機会(チャンス)は常にありますし、実は会っている事を思い出せていないのかもしれません。ぜひ、目覚め(気付き)の瞬間を大切に過ごしてみて下さい。
これからの話は、その霊的再会として私が睡眠時に体験したものです。
この体験は、通常の取り留めのない夢とは明らかに性質が異なっています。
私の記憶の中に、実際の体験であることが実感され、常に思い起こされ続けているのです。
私の体験が、これからのあなたの霊的再会等の機会の、何らかの参考になる事が私の願いです。
今までも、その方の他界直後から、その方を思い起こすごとに、身近に居られる感覚は実感してきていました。
その霊的な感応は、何らかの霊的現象やインスピレーションという形で得られていました。
今回、その方との霊的身体(意識体)を持っての再会が実現いたしました。
それは、私にとってこの上ない程の喜びを伴ったものとなりました。
それには、個人的(詳しい説明を控えるべき)事情がありますが、その時、その方(在世時女性)は、もう一人の霊人(在世時女性)を伴われて再会して下さいました。
その一点だけでも、私には大きな意味があり、この上ない喜びとなったのです。
そのお二人は、お互いに和やかな、喜びの笑顔を見交わしながら私と会って下さいました。
そのお二人の、そのような様子は、そのお二人が地上に肉体を持って生きておられた時は、様々な事情等によって実現(ある時点から、お二人が会う事自体)が困難なものでした。
この地上に生きている時は、通常我々は、大きな時の流れや周囲の人々の様々な影響等、個人では動かし難い人生の荒波に、巻き込まれるような状況に出会う事があります。
この肉体に束縛されている人間には、他の人の心の奥(深意)までは容易には理解出来ません。そして、常に誤解や勘違いや行き違い等も起こり得ます。
さらには、その生きた時代による政治的、経済的、地理的、身体的制約、環境や条件等にも大きく左右され、思うような動き(言葉や行動)がとれない場合もあります。
そして、その人生には様々な苦難や苦悩等の試練(通常そこに、大切な深い摂理の意味が秘められています)が現れますが、在世の時には、通常、その意味(深い摂理)の完全な理解は困難です。
しかし、他界して(霊的世界に還って)その霊性の自覚がしっかり得られる人(霊人)は、その試練の時の真実(深い摂理)の意味も、その時の他の人々の深意(真の愛等)も、良く解るようになります。
そのお二人揃っての再会には、お互いの完全な理解が成就した事を、この私に知らせて頂いたという配慮(愛)を実感致しました。
もちろんですが、私自身は、生前のお二人の人間としての深い愛や優しい思いやり等、その美しい人間性を、お一人お一人を通しては良く知っておりました。
ですが、私自身が、お二人と共に会える機会が実現出来るとは思っていなかったのです。
ですから、お二人で揃って再会して頂いた時、私にはそれだけでも大きな意味があり、簡単には言い表せない程の喜びとなったのです。
その時の再会は、私にとっては、昨日掃除をしたり知人と会ったり(日常の事)と等しい程に、現実(霊的事実)として今も実感し、その体験を深く感謝しております。
その方は、他界の時は高年齢と成られておられましたが、再会の時は30〜40才位かとも感じられる優しい、柔らかな、生き生きとした美しさと輝きに満ちておられました。
同行の霊人も、同じように健康的な美しさと喜びに輝いておられました。
何よりも、その優しい微笑み、その穏やかな瞳の中に、あふれるほどの真実の愛がありました。
その深く清らかな愛は、ゆるぎない安心感と大きな喜びに満ちていました。
その輝くような愛と喜びに包まれた私の心は、その大きな喜びに感動していました。
その時の愛と喜びは、この世の有限の言葉をもっては、リアルにそのものを表現出来ません。
その愛と喜びこそは、人間のいのち(命)としての真実の幸せ、そのものではないかと実感しています。
私の深い喜びと感動は、お二人からの贈り物(愛の輝き)として、いつでも(今も)私の心の内にあります。
今回、そのお二人からの霊的思念を、私の文章によって綴らせて頂きました。
従いまして、直接的な霊言ではありません。そのお二人からの思念の霊感的文章です。
今、私の心に強く印象される中心的思い(思念)は、次のようなものです。
「地上生活における深い悲しみの体験が、やがて、大きな喜びを得る為の糧(恵み)となります」
「思いやり(愛)の心は、何ものにも変えがたい喜び(幸せ)そのものです」
お二人からのメッセージ(愛の思念)が、あなたの霊性進化向上の一助となります事が何よりの願いです。
永遠のいのち(命)と愛と知恵と力の源(創造主)の摂理(この宇宙の自然法則)が正しく啓示され、その真実(真理)の光(輝き)が、あなたの大切ないのち(命)まで届きますように。愛と喜びの心で感謝を捧げます。ありがとうございます。