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66 「光、光明 T」


この世(物質現象世界)において、真にいのち(命)を支えているのは何でしょうか。

それは(現象として顕現している)光としての(真の)エネルギーです。

私たちにとって大切な食物でもある植物系は太陽の光(エネルギー)により成長しています。

その時(太陽光の光合成の時)に(陸上、水中)植物は、水と二酸化炭素から(動物系にとって必要な)酸素を分解放出し(自らに必要な)炭水化物(栄養素)を生成して(摂取して)成長しています。



植物が成長する為には光合成(光エネルギーにより有機物を生成する等)の働きが必要です。

その光(エネルギー)は太陽からの恵みです。

この地球上には、太陽の光(エネルギー)を得て(摂取して)生きて(成長して)いる植物を食べる(摂取する)草食動物も、その草食動物を食べる(摂取する)肉食動物もいます。

私たち(人間も含めたあらゆる動植物)の摂取して(食べて)いる(あらゆる)食物(食循環)の元をたどると、その光(エネルギー)にたどり着きます。



したがって次の言葉が真実味を帯びてきます。

私たちすべての地球上の生き物は(元をたどると)太陽(光エネルギー)を食べて(摂取して)生きている(ひとまず地上有機生物的な面としての解釈です)。

そして、私たちの明るく朗らかなこころ(心)の(真の)原動力(光明エネルギー)は(元をたどると物的、霊的)太陽の光明(エネルギー)から生まれ得ます。

それは、私たちの通常の言葉にも(その深い)意味が表れています。それは元気とか陽気とか大気とか暖気とか熱気とかのように表現される(真実の)気(エネルギー)を表します。



【一人の(真実の)人間は、いのち(命)の源(真実の光源)の一光(霊的光明)です。
そして、その光の源(真実の光源)は創造主(すべての源)です。

したがって誰もが創造主の一部(地上においては物質現象としての個的表現体)であるのです。
誰もが(本来は)創造主(すべての源、真実の神、真実の如来)と共(真実には一心同体一如)であり得る(ある)のです。

一人の(真実の)人間(あなた)は、それ程(真実に)尊い存在であるのです】



小さな隙間から小さな光が射しこんでいます。とても小さな取るに足らないような一光です。

しかし、その小さな光の源はあの(偉大な)太陽です。

そうであれば、その小さな光は(真の意味において)太陽そのものでもあるのです。



あなたは、永遠のいのち(命)の源の一光です。

そのいのち(命)の源は、全宇宙、天上天下(ありとあらゆるもの)の源でもあるのです。

したがって、あなた(一光明)は、その源と(共に、真に)一心同体(一如)の存在であるとも言い得るのです。



あなた自身がどれ程尊いもの(永遠の真の光明)、いのち(命)そのものであるか感じてみて下さい。

これは、表面上の頭脳(思考的)や理屈(理論的)だけ(のみ)で実感(体得)することは(通常では)困難さがあります。

(思考や理論を超えて)出来る限りの、直感、直観(霊的感性、清浄な深い感性)を働かせてみて下さい。



私たちがすべて一光である(在る)以上、次のような言葉が(霊的な深い意味において)真実味を帯びてきます。

(主我一如である)自分と創造主とは(霊的な深い意味において)同体の存在(永遠のいのち、霊的存在者)である。

(自他一如である)自分も他の人々も、元々一つの命(真実の光源、創造主)と同体の存在(永遠のいのち、霊的存在者)である。



これは、究極の真実(真理)の一つのとらえ方として、(そのようなこともあるかもしれない)のように考えておいてもらう事も好いかとも思います。

しかし、その事実は、私たちの周囲に(その真実(真理)に近づき得る)ヒントがあります。



たとえば、オーラの光や霊的な光明等は通常(肉眼)的には見えませんが、霊(霊眼)的には確かに見えています(これは、やがては誰にも(相応に)見えてくる可能性は有り得ます)。

そして、霊的体験者は、霊的存在者や霊的事象等を見て(霊的体験をして)います。

それについては(霊的に)見たり体験したりしても、次元の違うことを(地上の言葉で)正確に(誤解や曲解や不審等が起きないように)言い表す(表現する)事には非常な困難さがあるのです。



さらには、霊的世界や異次元世界が在るとの証言者(証言)の中には、真も偽も有り得ます。

それには意識的、無意識的もあり、また自覚的、無自覚的も有り得ます。

その人(証言者)自身が霊的真偽の判別の出来ない(出来かねる)状況さえあり得るのです。

その中には上(高)次元(真実在に限りなく近い世界)から下(低)次元(念的霊現象世界)までもあり得るのです。

さらに、最善(正)から最悪(邪)まであるとも言えます(その中にも真も偽も有り得ます)。

さらに、その証言者の霊性の高低(上下)も千差万別(証言者の数だけある)とも言い得るのです。

さらに、その(今、地上に生きている)証言者は(鈍重な)地上肉体につながり(相応の物的波動の影響を受け)つつ(霊的)体験をしている事をも考慮する必要があります。



したがって、あなたには、(他の人々の(霊的な)証言の)すべてを鵜呑み(全肯定)することなく、そしてすべてを拒否(全否定)することもなく、あなた相応に(理性的に、良心的に)臨機応変に探求(研究)される事をお勧めします。



実は、真実(真理)はあなたの外側を(物質現象的に)探しても、外側に(そのものを)見つけることは(通常)出来ないでしょう。

あなたの外側(この世)には、真実(本性)の物的顕現としての現象が(たしかに物質現象的には)表れています。

しかし、本質的なそのもの(真実、真理)は一人一人(あなた)の中(内)にこそ有り得ると言えるものなのです。



なぜ、そう言い得るのでしょうか。実は、今見えている物質現象世界(この世)は実在世界(真の世界)の写し(影、現象)としての存在世界であるからです。

現象(物質的現象としてのあなた)はやがて(必ず)消え去りますが、真のあなた(本人自身、実在)は(真実の意味において)けっして消え去るような事はありません。

今見えているあなた(肉体存在)の中(内)にこそ、真実のあなた(内在、実在の真我)が(次元を交差して)存在するのです。

あなたの大切なこころ(心)の中(内、本源)にこそ、偉大な真実の光明(真理、真愛、真知恵)感得の可能性が秘められているのです。



【源(元)が一つであるものは、個々を体験した後(末)には(やがては)必ず一つの光源へと向かい(輝かしい)一体一如(至上の真実在)となり得る(なる)のです】



真実の光(光明)は、明るく(真に楽しく喜ばしく)、暖かく(真の愛、優しさ思いやりにあふれ)、おおらかに(真の安らぎにあふれ)、清らかに(真の清楚さにあふれ)、美しく(真の輝きにあふれ)、正しく(真の知恵にあふれ)、あなたの中(内)にあるのです。

真実(真実在)の幸せ(喜び)は、真実の愛(光、光明)と共にあるのです。

真実の光(光明)はあなたの(真の)気付きの時を待っているとも言い得るのです。

真実の光(光明)はあなたの(真の)気付きの為に、内なる声(真の意識)としても(常に)働きかけているのです。

あなたが内(本源)なる、その(真の)光明(内在、実在の真我)を自覚される時を待っているとも言い得るでしょう。

あなたが(時に)自分自身のこころ(心)を、静かに落ち着いて優しく暖かく(真剣に)見つめられて、精一杯の(真実の)愛と知恵と力の(真実在の)光(光明、真の声、真我)に触れられ(気付かれ)ますように、私は願っています。



あなたが(真実の)尊厳ある一光明(永遠のいのち)としての貴い自覚と共に、速やかな霊性浄化進化向上を果たされますように、私は願っています。

 

永遠のいのち(命)と愛と知恵と力の源(創造主)の摂理(この宇宙の自然法則)が正しく啓示され、その真実(真理)の光(輝き)が、あなたの大切ないのち(命)まで届きますように。愛と喜びの心で感謝を捧げます。ありがとうございます。

67 「光、光明 U」

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