英訳書評
『ニューズウィーク・日本版』 2000年9月20日号 ◇ 連載コラム「ON JAPAN」 記事
だから『わだつみ』は悲しい
LISTEN AGAIN TO THE VOICES FROM THE SEA
ピーター・プレーゲンズ
『ニューズウィーク』誌 シニアライター
1812〜15年の米英戦争を別にすれば、アメリカは国土を侵略されたことがない。約60万人というアメリカ史上最悪の犠牲をもたらした戦争は、1世紀半も前の内戦(南北戦争)だった。
第二次大戦では、約40万人のアメリカ人が戦死した。大変な数だが、ドイツやソ連、中国、日本の犠牲者に比べれば、けたが少ない。
真珠湾攻撃以降は、敵の攻撃による国内の物的被害はきわめて限られていた。カリフォルニア沖で日本の潜水艦が弱々しい砲撃を仕掛けたり、ときおり破壊活動が行われた程度だった。
戦争の神に甘やかされたアメリカ人は、いささか軟弱になってしまったかもしれない。確かにアメリカの軍隊は、他国にひけをとらない装備と精神をもっているだろう。だが民間人は、戦争のために何かが犠牲になると想像しただけで腹を立てるはずだ。
第二次大戦中は徴兵に我慢していたアメリカ人も、ベトナム戦争末期には従わなくなった。今なら、ガソリン代が2倍になるのをアメリカ人に我慢させるには、どれだけの愛国的な大義が必要なのだろう。深刻な食料不足や夜ごとの空襲に耐えさせるには?
史上まれにみる繁栄に沸き、平和を絵にかいたようなアメリカで、便利なインターネットとともに生きる人々。彼らは、先ごろ出版された『きけわだつみのこえ』の初めての英訳版(スクラントン大学出版会刊)をどう読むだろうか。
『わだつみのこえ』は、1949年に日本で出版されて大変な反響を巻き起こした。第二次大戦中に徴兵や志願によって軍隊に入った学徒兵が、家族にあてた手記を集めた本だ。
この本に書簡が収められている全員が悲惨な体験をし、戦中、あるいは戦後すぐに亡くなった。歩兵や特攻隊員らが書いたこれらの手紙は、彼らが知的で表現力に優れ、感受性豊かな青年だったことをうかがわせる。彼らの早すぎる死は世界にとって、大いなる悲劇だった。
最初は共感を覚えたけれど
この本を読むアメリカ人には、いろいろな人がいる。だから私がどういう人間なのか、少しだけ書かせてもらいたい。
私はカリフォルニア州で育った。ここでは終戦前に、太平洋戦線が最大の関心を集めていた。
もうすぐ60歳になる私には、かすかに戦争の記憶がある。大好きなおじは17歳で高校を中退して海軍に志願し、硫黄島と沖縄で戦った(今も健在だ)。
私自身は典型的なアメリカ人だ。「アメリカ人すぎる」くらいかもしれない。考え方はプラクティカルで気が短く、何事も決めつけが早い。物事をやたらと神秘化したり、センチメンタリズムを押し売りされるのは勘弁願いたいほうだ。
それでも特攻隊訓練生だった杉村裕が、死の10日前に書いた手紙に「俺の生活の目標は、立派な人間として生きようということであった。さらに具体的に言えば、立派な日本人として生きようということであった」と書いているのを読むと、共感を覚えざるをえなかった。「日本人」を「アメリカ人」に置き換えれば、私の周りにも同じことを言いそうな人はたくさんいる。
愛国心と現実の深い「断絶」
杉村が書いたような願いに加えて、戦時下の日本人が耐えたあらゆる苦労を思うと、『わだつみのこえ』は実に感動的な記録であることがわかる。これは、飲み、食い、眠る生身の自分よりはるかに崇高な何かに最高の忠誠を尽くす人々の記録である。それは日本人すべてだったかもしれない。
GAPの服を着て、MTVに脳みそをやられ、SUVを乗り回す快楽主義者の今のアメリカ人とは大違いではないか。気がつけば私の中に、いささか狂信的ともいえる感情が生まれていた。身勝手な快楽主義者は去れ! 禁欲を守り、崇高な大義を求める若者よ、万歳!
ところが、この本を読み進むにつれて、私の中にある疑問が芽生えてきた。
第二次大戦中の米兵が家族にあてた手紙(書簡集が何冊も出版されている)は愛国心に満ちているものの、たいていは常識的な個人主義がみられるし、ある種の利己心も感じられる。
アメリカの兵士たちは、あの戦争を必要なものであり正義であると考えていた。だが同時に、そうした必要性と、日々目撃し体験する野蛮な現実とのつながりを見いだそうと苦闘した。結果、アメリカ人は軍隊というものを、まったく不条理な存在とみなすようになった。
しかし日本人兵士の場合には、頭の中の愛国心と具体的な行動との間に、致命的な「断絶」があったように思える。『わだつみのこえ』の中でその「断絶」は、中国への侵略を歴史の前進として正当化する学生の手記や、捕虜を処刑したのは命令に従っただけだと主張し、戦犯として死刑を宣告されたことに抗議する木村久夫の手紙に表れている。
特攻隊員だった22歳の上原良司は、この「断絶」の最も驚くべき例だろう。最初で最後の任務に赴く前夜、彼はイタリアの哲学者ベネデット・クローチェの言葉を引いて、自由は「人間の本性」であり、全体主義の国家は「必ずや最後には敗れる」と記している。では彼は、「ゆえに……特別攻撃隊に選ばれたことを光栄に思っている次第です」という文を、どういうつもりで書いたのだろうか。
今どきのアメリカの若者なら「おいおい!」と突っ込むところだろう。私自身も、ファシストの命令によって若くして死ぬことを賛美するような若者は戦争の英雄などではなく、危険で救いようのない愚か者だと考えたくなってしまった。
彼らの行動の先にあるもの
この点で『わだつみのこえ』は自己矛盾を起こしている。この本の目的は、戦争の代償は単なる犠牲者の数よりはるかに大きいということを読者に伝えることだった。本当の代償とは、平和な時代に生きていれば世の中に貢献したはずの多くの美しい魂を消滅させたことなのだ。
だが、こうした気持ちはしだいに薄れていく。彼ら、無私の心をもつ特攻隊員や無力な捕虜を殺した志願兵のとった行動が100万倍にふくらめば、南京虐殺や「バターン死の行進」、サイパンの集団自決が起こりうるということに気づかされるからだ。
しかも本の最後には、戦争賛美の色彩が強い手記は、戦後日本に生まれた反軍国主義に逆行するという理由で除外された(つまり「検閲」だ)と書かれている。実際の「断絶」は、本書に表れているよりはるかに深かったのだろうと思える。
もちろん、アメリカ人に落ち度がないわけではない。東京大空襲や広島・長崎への原爆投下は、不必要だったともいわれる(私はそれらが終戦を早め、人命を救ったと考えているが、この点については専門家の議論が続いている)。
真珠湾攻撃の数日後、 コリン・ケリー中尉が日本の戦艦に爆撃機でカミカゼ攻撃を加えたと報じられたとき(誤報だった)、アメリカ人は喝采を送った。アメリカ国内では日系市民が、そのルーツだけを理由に収容所に入れられた。今でもアメリカには、30〜40年代の日本のように、神の加護の下に世界に君臨する単一民族国家を信奉する極端な思想の持ち主が数多くいる。
だが、これらは例外的な事例だ。『わだつみのこえ』があまりに悲しく、そして恐ろしいのは、収められている手記がかなり「まともな」ものだからだ。
Peter Plagens
『ニューズウィーク』誌シニアライター。専門はアート。自身もビジュアルアーティストで、ニューヨークなどのギャラリーに作品を展示している。著書に『ムーンライト・ブルース――あるアーティストのアート批評』がある。
『ニューズウィーク・日本版』2000年9月20日号 pp.46-47
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◆この書評にはいくつかの事実の誤りと誤解は含まれていますが、英訳書の読者への手引きとして優れた内容をもっていますので、ここに転載させていただきました。(Webmaster)