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「ソレ、なに」
 部屋に入るなり不機嫌になった加賀は呟いた。視線は今日子の、左手あたり。
「これのこと?」
 わざとゆっくり翳してみせる。小さなダイヤモンドが、照明を受けてきらりと光る。
「指輪は、自分じゃ買わない主義なんじゃなかったのかよ」
「買ってないわよ」
「……なら」
「ええ、そうよ、もらったの」
「……ダイヤの付いた指輪をか?」
 不機嫌の色が濃くなる。気付かないふりをして、今日子はにっこりと微笑んだ。
「………………」
 五秒。十秒。十五秒。加賀の沈黙がいつまで続くか数えながら、笑顔を崩さないままで待つ。
 が、二十秒近くなったところで、こちらが耐え切れなくなった。
「……っ、やだわ、何を想像してるのよ」
 堪えていた笑いを一挙に弾けさせて、今日子はけらけらと明るい声を立てた。
「ナニをって……」
「言って御覧なさいよ、加賀くん」
「……ヤダ」
「妬いたんでしょ」
「…………」
「違う?」
「……ちがわねーよ」
 不機嫌と照れが複雑に混じり合っている頬を突付いて、うふふ、と今日子は笑う。
「嬉しいわ、こんな可愛らしい加賀くんが見られるなんて。わざわざシカゴまで来た甲斐があった」
「言ってろ、」
 ち、と照れ隠しの舌打ちをして、今日子の隣に腰を下ろす。
「……で? なんなんだよ、ソレ」
「こっちではCMも放送されてないでしょうね。Flore/Floraの新作」
「フローレフローラ? 宝石屋の?」
「ジュエリーブランドの」
 宝石屋、という言い方はどうかと思う。苦笑しながら今日子は左手の指輪を外した。中指にちょうどいいサイズの、深い銀色の指輪だ。
「これ、アオイとのコラボレーションなの」
「……指輪が?」
「ええ」
「……どこにコラボの要素があるんだよ」
「持ってみて」
 加賀の手に、外した指輪を握らせた。お、と彼が目を丸くする。
「なんだコレ、すっげー軽い……?」
「見た目から想像するのと全然違うでしょう?」
「うん。もっとずっと、重そうに見える」
「強度もすごいのよ。コンクリートの壁に擦っても、ちょっとやそっとじゃ傷が付かないくらい」
「へぇ……」
「うちが開発した新素材」
「はい?」
「だから、それ。アオイが、一般車のボディ用に開発した新しい合金」
「……コレ?」
「そう」
 怪訝そうな顔をしている加賀に頷いてみせる。
「軽い上に、綺麗な色をしてるでしょう?  今度発売する限定小型車に使っているものなんだけどね、内装デザインを委託したフローレさんから、 販促活動に使えるんじゃないかって持ちかけられたの」
「で、指輪にしてみたってか」
「そう。ちょっと中性的なデザインなのも、クルマ好きの男性層にも受け容れてもらえるように、ってこと」
「なるほどなぁ。だから公の場でも外さねーでつけてんのか」
「人目につかなきゃ意味がないものね。コラボレーションの発表をしたときに、ちゃんとお披露目もしておいたし」
「うん」
「まあ一応、薬指じゃなくて中指のサイズにしてもらったけど。誰かさんに誤解されると困るから」
 にっこりと微笑んでやる。照れ隠しだろう、不機嫌な顔に戻った加賀にぺしりと叩かれて今日子は笑った。
「さあ、これで納得出来たかしら?」
「……うん」
「似合う?」
「……まあ」
「あら、反応がよくないじゃない」
「だって、」
 今日子の手に指輪を返しながら呟く。
「悪かねーけど、もっと似合うもんは別にある気がする。この指輪、なんつーか……そう、どっちつかずだろ」
「どっちつかず?」
「女ウケも男ウケも狙いすぎてて中途半端っつーか、」
「狙い通りじゃない」
「あんたは確かに、その辺の男どもよりずっと気の強い女王様だけど、」
 言いながら見つめられて、今日子は不思議そうに首を傾げる。
「女らしくない、ってのとは違うだろ。むしろ強烈に女っぽいと思う」
「……そう?」
「うん。だからコレ、あんたには正直、イマイチ」
「そうはっきり言われちゃうとどうしていいか分からなくなるわね、」
「もっと似合うのを買ってやる」
「…………」
 耳を疑った。思わずまじまじと見つめ返すと、加賀が気まずそうに眉を寄せる。
「……なんだよその反応」
「今夜は大雪かしら」
「……俺が指輪買っちゃ悪ぃか」
「悪くないけど、不審」
 正直な感想を口にしたら、ますます眉間の皺が深くなった。
 また吹き出したくなる気持ちを堪えて、素知らぬ素振りで今日子は言った。
「私が贈ってあげる方が、まだ違和感ないんじゃない?」
「……ナニを?」
「貴方に似合うような指輪」
「たとえば?」
「これとか」
 加賀の手を取って、指を開かせる。
「女モノだろ、」
「小指なら入りそうよ」
 左手の小指。骨っぽくて指の長い、今日子とは全然違う加賀の手に、さっきまで今日子の指に収まっていた指輪を嵌めてやる。
 思った通りだ。ちょうどいい。
「ほら、ぴったりじゃない」
「……まあ、サイズはな」
「デザインもよ」
 きっぱりと言った。荒っぽいようで繊細な、さっぱりしているようで深みのある、美しい鋼の色。
 派手な外見と複雑な内面を持つ加賀には、それが酷く相応しいように思うのだ。
「それに、ほら」
 その表面を指差して、囁く。
「ダイヤモンドでしょ」
「……それが?」
「四月の誕生石だもの。貴方に相応しいと思わない?」
「誕生石?」
 まだ怪訝そうな加賀を見つめて、笑ってやる。
「ダイヤモンドっていう名前の由来、知ってる?」
「知らない」
「『屈服しない』とか『征服できない』、『手なずけられない』っていうギリシア語から来てるんですって」
「……へぇ」
「だから、『不滅の勝利』って宝石言葉を持ってるの」
「……なるほどね」
 指輪の光る自分の手を眺めて、加賀は小さく笑った。
「どう? 気に入らない?」
「悪くはねぇな。……少なくとも、あんたの言ってたその話は」
「似合うわ。デザインも、意味もね」
 手を伸ばして、そっと指輪に触れた。いつでも眩い、勝利の石。
「だからこれは、貴方にあげる。――お誕生日、おめでとう」
 4月の最初。新しい日々のはじまり。半年だけ年下の恋人に、とても似つかわしい誕生日。
「ずいぶん豪華なプレゼントだな」
「不足かしら?」
「ついでに婚約しとくってのはどうだ?」
 さらりと言い放って、加賀は悪びれる風もなく笑う。猫のような瞳がきゅんと細まる。
 深い強い黒の。けれど眩しい、ダイヤモンドの。
 揺るぎない意志の輝きを持つ、瞳。
「……それ、本気?」
「もちろん」
「……今すぐ?」
「あんたに似合う指輪買ったら、そのときかな」
「……だいぶ先の話になりそうね」
「取り敢えず仮契約だけでもよしってコトで」
「妙な取引」
「乗らない?」
「乗るわ、」
 囁いて、今日子は彼の手を取った。いつもは彼にされるように、芝居がかって恭しく。
「誓いのキス?」
「契約のキスよ」
 手の甲にそっと口付けると、くすぐってぇ、と笑い声が零れた。 細められた目はきっと、ダイヤモンドよりも眩しいだろうと思った。


[2011年4月]