へんないきもの(―― She is like an alien for me.)


 最近、加賀の暮らす世界には、へんないきものが住んでいる。

 それは加賀より幾分小さく随分柔らかく、それなりに警戒心が強くて、簡単には人に懐かない。
 寒さに弱いが暑さには強く、日頃は昼行性、しかししばしば、夜間でも活発に活動することがある。
 冬の朝などはなかなか起き出して来ない。起き出した後も暫くは動きが鈍い。
 炬燵で丸くなるのが好きらしいが、ホットカーペットの上では伸びていたりする。
 入浴は嫌がらない。洗ってやると寧ろ気持ちよさそうにしている。
 タオルドライも、ドライヤーで乾かしてやるのも嫌がらない。
 煙草の煙は嫌いなようで、加賀が火を点けるとじりじりと加賀から距離を取っていることもよくある。
 それ以外のときは割と近くまで来る。冬場はぴっとりとくっついてくることもある。
 けれどその法則がイマイチはっきり判らなくって、加賀はしばしば首を捻るのである。

 それは栗毛色の、ふわふわしてそのくせしなやかな毛並みを持っている。
 日に当たるときらきらと淡く透けて見え、近付くとほっこりと甘いにおいがする。
 やや吊り上がり気味の強く輝く瞳をしており、興味を持った相手をひたと見据えて無遠慮に眺める癖がある。
 天邪鬼なところがあるのか、こちらが見つめ返すとふいと目を逸らしたりもする。
 間近で覗き込むと薄い涙の膜が光る。光彩の色は柔らかな黒で、白目との境界がひどくはっきりとしている。
 目蓋を縁取る睫毛は濃くは無いが長く、瞬きの度にはらはらと華やかな影を落とす。
 真剣に何かを見ているときは、瞳が一際印象的な光を帯びる。
 それを眺めているのが心地よくて、ぼんやりと頬杖をついていることの多い加賀である。

 それは一見して強かで美しく伸び伸びと健やかで、健康そのものといった様子に見える。
 しかし案外繊細で神経質な部分があるらしく、油断するとすぐに食欲を失くして萎れてしまう。
 美食家でも偏食家でもないが質のいいものでないと食べない。手抜きや誤魔化しには敏感で、激怒すると暫くは手が付けられなくなる。
 短気ではあるが聡明で純粋。従って、明快な論理性を以て接すれば穏当な反応が返ってくることが多い。
 情が深く寂しがりやのため、常に誠実な態度で接することが大切。ふらりと外に出て行ってしまわないよう気を配る必要も常にある。
 判ってはいるけれどなかなか思うようには行かなくって、流石の加賀でも深い溜め息を吐いてしまったりするのである。

 甘えた声を立てているときにはきっと何かを企んでいて、本当に甘ったれになっていればもっとずっと腰に響くような声をほろりと零すだけ。
 下手に構うと噛み付くし、放っておくと思いもよらない所で騒ぎを起こしていたりする。
 根気よく、粘り強く、繰り返し繰り返し声を掛けたりちょっかいを掛けたりしていると、じわじわと警戒心を解いて、時には甘えるような仕草を見せたりもする。

 そんなだから、眺めている分には面白いが、一緒に暮らすのはなかなか、骨の折れる相手だ。
 だって、加賀と違って甘ったるいものも強烈な酒も隔てなく好む。
 だって、加賀と違って降りかかってくる余計なものを切り捨てられない。
 だって、加賀と違って対人関係には不器用で、けれど料理だの手芸だのはやたら器用にこなしたりする。
 だって、加賀と違って規則だの決まりだのに煩くて、なのに時と場合によっては意外と優しい対応をしてくれたりもする。

 加賀と違って、あまりにも違って、理解できないへんないきもの。
 そんないきものが同じ世界にいることを、なんとも幸いだなとも思うのだ。

 生まれてきてくれて、ありがとう、だなんて。

 九月の終わり、晴天の夜。
 いつだって理解に苦しむ恋人の、誕生日に贈る花束に、
 らしくもない一言を添えるかどうか今暫く、悩んでみるつもりの加賀である。

[2013年9月]