戦っているの
大丈夫なはずだわこのくらい。生命の危機って訳じゃないんだし。
いくら意地を張ったって薄く吹き出した汗は否定出来なくて、痛む下腹と同じくらい強く、唇を噛む。ぎりりと。
なんなの。意味が解らないじゃない。どうしてこんなところに、痛覚の網が張り巡らされているの。
内側なのに。私しか、支配出来ないはずのところなのに。
前提がある。入り込まれる、という前提。そう考えて強く目を瞑った。腹立たしい。目の裏にサイケデリックな光が散る。
巨大な心臓のように痛む内側。無理に捩じ込まれて、引き攣れる。熱い。怒鳴り声になりそうな衝動を喉の奥で潰して、音を出さない悲鳴に変えた。
どうしてこんなカラダなんだろう。好きで女に生まれてきたんじゃないのに。
広い背中と強い肩と、酷使に耐えうるだけの体力が欲しかった。
速度と重力に負けない、加速度を超えて行けるだけの、強靭な骨格が欲しかった。
こんな。こんな、丸い肩なんて。柔らかな腰なんて。重たい胸なんて、白い腕なんて、要らないのに。
誰かに入り込まれるための、ぬるりとした粘膜なんて、要らないのに。
唇を噛む。ぎりりと。苦しげな顔をどう解釈しているのか、読み取れない目で彼が見下ろす。
泣いてんの。表情を映さない平板な口調で訊かれる。
そうみたいね。同じように平板に返す。内側、きつい。油断したら声が歪みそう。
大丈夫よこのくらい、貴方が気にすることじゃないわ。そう言ってやると黒い瞳が微かに歪んで、ぎらついた情欲を一瞬だけ覗かせた。
降り零されるそれを受けて、目を閉じる。弾みで涙が溢れる。内側に居る彼が、明確に体積を増す。勝ち誇ったみたいに。
馬鹿げてる。声にも顔にも出さずにそう思って、笑う。
泣いているのは貴方の所為なんかじゃない。
痛いのでも苦しいのでも、気持ちいいのでも、快感で気が狂いそうなのでもない。
悔しいだけ。
こんな風にされてしまう自分の身体が、悔しいだけ。
馬鹿げてる。私も貴方も。
まだ解らないの。こんなに繰り返しても。
貴方が欲しくて抱かれるわけじゃない。
戦っているの。いつもいつも。
こんな身体と。そんな貴方と。女に生まれてしまった自分と。それでも離れられない夢と。速度と。
戦っているの。本当はいつも。
いつもいつもいつも、ずっと。
「――ほんと、」
同期するように彼が言う。
「アンタの体って、……最高、」
馬鹿げてる。冷えた頭の芯で同じ台詞が響く。それでも身体は、どうしようもなく熱くて。
それが悔しいだけ。
だから戦っているの。抱かれるたびに、今度こそ思う通りにはなるまいと、思うの。
もう一度、唇を噛む。――そうする前に、彼の唇に塞がれる。入り込む舌。点けた火を煽ろうとしてもがく、攻撃的に高い体温。
唇の代わりに、彼の舌を噛んでやった。容赦なく。ぐ、と小さく呻いて、彼の身体が跳ね上がる。
それでも離れようとしない舌に自分の舌を絡めて、滲み出した血の味を啜る。鉄分と、生々しい酸味。彼の血の味。
月ごとに流れる重たい血とは違う、異質な、男の血の、味。
馬鹿げてる。こんなことしたって、このカラダからは逃げ出せないのに。
解っていてそれでも、戦い続ける。注ぎ込まれる男の熱を、強く受け止めて震えてしまう、甘くか弱い女の、身体と。
[09年9月]