夏の夜の、
盛大な拍手と共に運ばれてきた大きなケーキを一目見て、ブーツホルツは吹き出した。
「はやくいんたいしろ」とヘタクソな平仮名(日本語!)で書かれたケーキには、所狭しと小さなロウソクが突き刺してある。みっしりと、35本。
その有様が不気味というより滑稽で、毎年の工夫が凝らされたネタにはいい加減慣れたとはいえ、ついつい笑ってしまったのだ。
「これはまた、一段と、」
くくっ、と言葉の合間に挟まる笑い声につられて周囲も笑う。
楽しそうに拍手しているクレアの隣、澄ました顔で突っ立っている修に向かって、まだ笑い声を消し切れないまま話しかけた。
「お前さんだろう、スゴウ」
「何の話だ」
「この文字。お前さんが書いたんだろ」
「心外だな」
「これがお前さんの本音に決まっている」
「いいや、違う。そんな文字書いていない」
「発案しただけですわよね?」
「クレア!」
しーっ、と指を立てた修に、また周囲が笑う。和やかな夏の、夕暮れの気配。
「まあいいさ。頼まれたって、まだ引退する気はないからな」
「移籍でも構わんぞ。引き取り手があれば、だが」
「抜かせ!」
ひとつ、またひとつと火が灯されていくロウソクたちを眺めながら、少年のように肩を小突き合う。
「俺がいなくちゃ回らんだろうが、今のSUGOは」
「後進に道を譲るのもベテランの仕事だぞ」
「だったらそもそも誘いなんぞかけないで貰いたかったがね」
「断ればよかっただけだろう」
「義理堅い性分なもんでな、お前さんに言われたんじゃ嫌とは言えん」
「なら今、引退しろと言ったら?」
「嫌だね」
「おい、さっきと言ってることが違うぞ!」
周辺のくすくす笑いがどっと沸き返って、ロウソクの火がゆらゆら揺れる。その間にもひとつずつ、灯された火が増えていく。
あと20本。降りてくる薄暮。
「まーったく、なんて会話してるんですか。MOVEに何を書かれても知りませんよ?」
呆れ声の風見ハヤトが割って入り、カメラを構えた彩・スタンフォードがにっこりと微笑む。
「エデリー・ブーツホルツがまさかの解雇、或いは、遂にSUGOとの決別? シンディがどんなキャプションを付けるか、楽しみだわ」
「まさか! とても和やかで楽しいチームだ、っていう記事になりますわよね」
笑い混じりのクレアの台詞の方が恐らく、信憑性は高いだろう。見回した景色の中の、どの顔も楽しそうな表情を浮かべている。
増えていく、火の灯ったロウソク。あと15本。夏の夜のざわめき。
「こんなことでしか話題が作れないようでは、オーナーとしては面白くないな」
「言ってくれますね修さん。僕の優勝だけじゃ不足だとでも?」
「風見には悪いが、<帝王>の優勝には皆もう慣れてしまっているからな。話題性だけなら俺の方が多分、ずっと大きい」
プライドがあるんだかないんだか判らないようなことを言ってブーツホルツが軽く手を広げる。
「ほう? どんな話題を作る気だ」
「勝利だけが記録ではないだろう。最多出走数、最多連続参戦数、最多入賞回数、幾らだって狙い様はある」
「いくらでも、か?」
呟いた修をちらりと見やってから続ける。
「妬くなよ? 引退してしまったお前さんの記録はもう伸びんが、俺にはまだ可能性があるからな」
「で、今年は、一体何を狙ってるんです?」
期待する目で問うたハヤトに、にっと笑って一言。
「当然だろう。最年長チャンピオン、だ」
「……やれやれ、困った35歳だな」
肩を竦めた修にクレアがわざとらしく囁く。
「40歳になっても、同じことを言うわよ、きっと」
「その頃一緒に祝うのは、引退記念パーティーであってほしいんだが」
「僕の方が先に引退してしまいそうですよ」
首を振ったハヤトの情けない表情をカメラに収めて、彩が満足そうな笑い声を立てる。周囲も遠慮なく、笑う。
35の綺麗な炎が揺らめく大きなケーキだけを残して、ふっと部屋から灯りが消えた。静かな歓声。どよめき。辺りを包む、穏やかな闇。
短い夏休みを彩る、8月のSUGOの光景である。
[2012年8月]