ハッピーメディシン


「時代錯誤もいいとこよね」
 無意識にだろう、つんと尖らせた唇に精一杯の不満の色を乗せて、今日子はどさどさと紙包みを籠に放り込んだ。
「『女が男に何か言おうなんてはしたない』っていう時代の話でしょう、バレンタインデーの価値なんて」
「だろうねー」
「今時、こんなイベントにかこつけてじゃないと告白のひとつも出来ないなんて、有り得ないわよ」
 業界の陰謀に踊らされてるだけだわ、とか言いながら、それでもせっせと棚を吟味し、あれやこれやと籠の中身が増えて行く。 まあ結局、好きなんだろうなこういうの。 受け流したって誰からも文句は言われないだろうに、大所帯を抱えるAOI-ZIPの、男性スタッフ全員の期待に応えずにはいられないらしいのがこのオーナーだ。
「……7、8、9と……んー、同じ大きさのがあと2つ欲しいんだけど」
「あれ? まだ足りない?」
 脇から覗き込んでいた分には、これでちょうどよかった気がするが。手を伸ばして籠の中身を数えるけど、うん、やっぱりぴったりだ。
「合ってんじゃない?」
「あと2つよ」
 今日子が開いた手帳の中身に、小さくチェックを入れながら数えて、……あ、なんだ、この2人の分か。
「別枠にすればいいじゃん。この2つくらいなら、もうひとつ上のさ……ほら、これとか」
「大き過ぎない?」
 ちょっと不公平になるし、と眉を寄せる辺り、ホントこの人まじめっていうか堅物っていうか。
「ドライバーが特別扱いなくらい、今に始まったコトじゃないっしょ。むしろ少しくらい持ち上げてやった方がいーよ」
「……そんなの、みきさんの役目でしょ」
 みきさんからのチョコのことしか考えてないわよきっと、なんて言うから、ちょっと恥ずかしくって笑ってしまう。
「んなコトないよ。アイツさ、今日子さんのこと、女神様かなんかと思ってるフシあるから。去年もらったヤツだって暫く神棚に上げてたよ」
「神棚って」
 新条くんらしいわね、と呆れ半分照れ半分みたいな顔して笑うので、重たくなってきた籠をひょいと取り上げてやった。
「ほら、今日子さん選んでよ。あたし持っててあげるからさー」
「やだ、重いでしょ、」
「へーきだってあたし肉体労働組だから! いーから選んでってば」
「そんなこと言われても……」
 値段としてはほんの200円程度上がるだけ、だけど、思い入れの深さが違うんだろう。となると、目移りするのも道理なワケで。
「このレベルだと味の方はそう変わらないから、却って悩んじゃうわ……」
「今日子さんの好みで選んじゃえばいーじゃん。それとか好きじゃない?」
「……好きだわ。かわいいわねこれ」
「新条はこっちで、加賀はこっち?」
「やっぱり新条くんは赤のイメージよね。あ、これもかわいい」
「これ値段の割に量が多くていいなー」
 ほら、こういう目移りは楽しい。ひとりで悩むのはちょっと気が重くても、こうやって誰かとわいわい言い合いながら悩むなら、楽しい。
「んー、結局コレがいちばんしっくりくるかな」
「そうね、賛成。色違いでひとつずつにしましょう」
「大きさ違うから包装紙分けなくてもいいよね?」
「あ、でも、どっちが加賀くんのでどっちが新条くんのかは判るようにしておかないと」
「リボン代えてもらう?」
「そうしましょうか」
 本来の趣旨とは違っちゃってるの分かるけど、でもバレンタインデーは、やっぱり女の子のための日。だってこんなに、楽しいもん。 他愛もない会話、重たくなる買い物袋、会計が済んだら、どこかでお茶して帰るんだ。
「ねー今日子さん、加賀に本命買ったげないのー?」
「誰が本命よ。義理だけだってカットしてもいいくらいなのに」
「つんでれー」
「違います!」
 新条には、いや、たぶん加賀にも悪いんだけどさ、もうしばらく、あたしたちのデートを許してね。
 チョコレートは恋の秘薬。想いに酔うのも悪くない、真冬の甘いイベントは、こうしてひっそり続くのだ。

[2015年2月]