仙人掌女


 研究所に来た新人を見て、まず驚いたのは背の高さだ。182cmある俺とほとんど目線が変わらない。
 威厳を感じさせるほどの存在感に、それとは裏腹の白け切った表情。
 作業服の色合いも手伝って、俺は思わず呟いた。

「……サボテンオンナ。」

 そいつは少し振り向いて、
「じゃあ、あんたは」
 目だけで俺を指して訊いた。
「ペンペングサ?」

 ――そりゃ確かに俺はのっぽで色白で痩せてるけれど、いきなりそいつぁねぇだろよ。

 ……ある意味運命的なほど強烈な出逢いだったのはまあ、確かかも知れない。


 あまり器用そうには見えない彼女は、基本的にはソフト担当の技術者なのだという紹介だった。
 心理学と脳科学を修めていて、知識工学とかいう、人工知能開発の最重要部に携わっているんだとか何とか。
 何にしても俺にとっては役に立たなそうな新顔でしかなくて、だから出来れば何の関わりも持たずに過ごして行きたかったんだが。

「半田って、誰?」
 不吉に響いた白けた声に、俺は半分恐る恐る振り向いた。
「……俺ですがナニか」
「あ、ペンペングサ男。なんだ、あんたなの?」
「悪ぃか。なんだよ」
「所長がね」

 ……イヤな予感。

「あんたの下について、実際的な技術も身につけて来たらどうかって言うからさ」

 ――的中。

 ああ、出来れば何の関わりも持たずに過ごして行きたかったんだが……。


 別に、保護者面していちいち口差し挟んで来るわけじゃない。
 子供っぽい反発を仕掛けて来るわけでもない。
「私関係ないんで」って顔しといて、肝心なとこで鋭くぼそっと突っ込んでくる。

「……そりゃ、あんたが悪いでしょ」
「そんなんで腹立ててたらみっともないよ」

 それがいちいちもっともだから、かえって腹が立つんだよ!

「忠告が素直に聞けないんじゃあんた人生苦しいんじゃないの?」

 ……くそ、可愛くない!

 こいつは「綺麗な薔薇には棘がある」なんてレベルじゃなくて、それこそ仙人掌の棘みたいに情緒も容赦もない。

 しかし、だ。

 いい仕事をする。これは間違いなく。
 正直言って何をどう扱ってるのかは俺にはさっぱり分からないが、こいつが来てから、行き詰まってた研究が面白いくらい発展していく。
 所長曰く、「彼女は思い付きを具体的なアイデアに変える力だ!」。
 口惜しい気がするけど、そう、確かにこの仙人掌はこの上なく貴重なモノらしい。

 そう思って見てみれば、希少価値も出てこようってもんだ。
 絶世の美女とはお世辞にも言い難いが、まあ二目と見られぬほどひどい面ってわけでもない。
 可愛げも愛嬌もましてや色気なんて期待の仕様もないが、能力の方は十人並みを軽く超えている。

 そう、そして何より、男の俺から見ても、口惜しいことに、恰好良いのだ。
 うん。悪くない。
 認めたら、毎日が少し、ほんの少しだけ、楽しくなった。


 なのに、「いつも通り」の日常は、ある日突然「いつも」を裏切る。
 俺にとってのある日突然は、目を真っ赤に泣き腫らしてそれでも平然と作業をしている彼女を見た時だった。
「……どうしたってんだよ、あいつ?」
「さぁ? 知らんけど、」
 職場仲間も、詳しい理由を知らない。
「女どもが噂するにはさ」
「何だって?」
「別れたらしいんだよ。男と。ここ来て、遠距離になっちまってたんだとさ」
「へぇ……」
 なんだ。らしくないほどありがちな話だ。
「ま、どっちかってーと、あんな女にも男がいたって話の方が驚きだけどな」
「まぁな。そうかもな」
 相槌を打つ。でも本当は、理由なんて、もうどうでも良かった。
 うん、どうでもいい。
 そう思いながら、俺は作業に意識を戻した。


 終業直後の休憩室、空き缶片手に扉を潜ると、紙コップを握った彼女がぼんやりと座っていた。
 通り過ぎざまに横目で見れば、変わらず平然とした顔をしている。化粧っ気のない頬も、不機嫌そうな口元も、いつもと同じ白けた空気だ。
 なんだか居たたまれなくなって、俺は思わず声をかけた。

「なぁ」
「なに?」
「呑み行こーか、これから」
「え? なんでよ?」
 しらっとした顔で彼女は言う。
「なんでって、そりゃ」
「なんでよ?」
「……落ち込んでるんじゃないかと、思って」
「あたしが?」

 ちょっと見開かれた茶色の瞳。

「気になるだろ」
「どうして?」
「どうしてったって」

 なんだかんだ言って、俺、おまえが気に入ってるし、

「……気になるもんは、なるんだよ」
 おいおい、なんだその台詞。もーちょっとしっかりしろよ俺。
「なんなの、それ」
 やっぱりどこか白けた淡白な顔。

「……あんた、あたしに気があるわけ?」
 何の感慨もなくさらりと。

「まぁ、もしかしたらそーかもな」
 俺も極力つまらなさそうに。

「……なんなの、それ」

「なんなの、って?」

 無気力な視線がすとんとぶつかる。

「つまりさ」
 彼女はちょっと眉を上げて、言う。
「友情まがいの同情だとか、単なる興味本位だとか、そんなもんならお断りだっつってんの。本気だったら考えたげる。
 悪いけど、あたし、紛い物にキョーミないんでね」

「……わぁお」
 ――最っ高!

「……本気だったら、考えてくださる、と」
「それが?」

「じゃ、」
 隣にすとんと腰を下ろして、人差し指を立ててみせる。

「考えてくれ。今すぐ。60秒やる」
「は?」
「急いでくれよ、飲み屋閉まっちまうから。ほら、58、57、56……」
「ちょっと、」

 白けた顔が虚を衝かれたように歪んで、僅かに目線が動揺する。

「54、53……」

 ほほぅ。こいつもこんな顔をしますか。
 数えながら俺は、思わず緩む顔を引き締めようと必死だ。

 うん。悪くない。

 あと50秒かそこらで多分、真っ赤な彼女を見られるだろう。
 強烈に赤い、仙人掌の花みたいに赤い、見たことのない彼女を。

 努力を裏切ってだらしなく緩んだ頬に、彼女が恨みがましい目線を向けてくる。
 笑みを含んだ瞳で受け止めて、俺は立てていた人差し指を振ってみせた。

[09年7月]