酌みかわそうぜ
「はい、もしもし」
「……きょーこさぁん」
「あら、加賀くん」
「……また出て行かれた……」
「奇遇ねぇ。私もさっき別れて来たとこよ」
「ううううう。泣きてぇよな、ホント」
「そうね。……やりましょうか」
「だな。やるか」
「終わっちまった恋に!」
「過ぎてしまった愛に!」
かちぃん、と高らかな音を立てたグラスを、ふたり揃ってぐいと乾す。バーボンのストレートだというのに、何の躊躇もなく一気を決め込むふたりを、周囲の客が何となくざわつきながらちらちら見ている。
ふー。10秒後、息ぴったりにグラスを置いて、それからがっくりとうなだれる。
労わるような声音で、彼女。
「結構、早かったわね」
「……6週間」
「何したの?」
「……大切にしてくれないから、だと」
「へぇ」
「……してたぞ? めっちゃ譲歩してたぞ? 部屋においてただけでも俺、相当頑張ったのに。
まだ不満ですか。もー分かりません。なんでそこで泣きますか。そこまで俺を罵りますか。挙げ句の果てに自己完結ですか。
あぁもう、泣きたいのはこっちだっつーの!」
言葉通りに突っ伏して、しくしくと肩を震わせる彼。その肩をぽん、ぽん、と叩いて、無言の同情を示す彼女。
数十秒のすすり泣きの後、おもむろに顔を上げた彼が呟く。
「で、そっちは」
「……花束が全部真っ赤な薔薇だったの。50本」
「ほぉ」
「しかも渡すなり、結婚したら家庭に入ってくれるよね、ですって。思わず言ったわよ、ハァ?って」
「うわぁ」
「何言ってんの? 誰にプロポーズしたつもりなの? 今まで付き合って来た2ヶ月間、いったい何を見て来たのよ?
ああああんもう、情けなくてみっともなくて、いっそ泣けるわよホント!」
言い捨て様、今度は彼女が突っ伏して、その震える頭を彼は黙って撫でている。
やはり数十秒の後、彼女もぐいっと顔を上げた。
「……相変わらず、よくよく女運がないようね」
「あんたこそ、相変わらずつまんねぇオトコに引っかかってんのな」
「全くだわ。あーあ、そんなに日頃の行いが悪いのかしら。幸せってどこにあるの?」
「てゆーか、幸せって何だっけ。ボクもうよく分かりませぇん」
はぁーあ。
盛大な溜め息を重ねつつ、見事なシンクロっぷりでふたりの手がグラスを突き出す。バーテンが無言で受け取り、代わりの水割りが渡される。
「新しい恋に!」
「本物の愛に!」
かちぃん、と再び打ち合わされるグラス。一分のズレもなくふたり揃って飲み乾して、ふたり揃ってグラスを置く。
「挫けんなよ、きょーこさん。新しい朝はきっと来るッ!」
「そうよ加賀くん、諦めちゃ駄目! いつか掴むのよ、揺るぎない愛をっ!」
「だよな! 星の数ほど女はいるし! 星の数ほど、男もいるさ!」
「ええ、一緒に頑張りましょうね!」
「おうよ!」
「ところで!」
見えない糸で結ばれているかのように、見事に重なりあった動きで、ふたつのグラスが差し出される。
「「おかわり!」」
新しい水割りを渡して、空いたグラスを運びながら、新米バーテンは呟いた。
「……いっそあのふたりが愛し合えばいいじゃんなーんて思うんですけど。ってのはここじゃ、禁句ですか?」
「うん。イベントみたいなもんだから。せっかく盛り上がってるのに、水を差すこともないかと。ボトルもたくさん空けてくれるしね」
「……まぁ、放っておいても、くっつきそうな気はしますし」
「すごいでしょ、あのシンクロっぷり」
そんな会話を知るよしもなく、ふたりは三度、高らかにグラスを打ち合わせているのだった。
[09年7月]