週末チョコレイトヘイヴン


1、待ち伏せしたって甘くない

 「……なんだよ、デブ」
 「…あんたこそ、なによ」
 「は? 僕がここにいちゃいけないわけ?」
 「べっつに! めぐのジャマしないんならどーだっていいんだけど!」
 「お前こそ邪魔するなよ、デブ」
 「いちいちデブデブ言うんじゃないわよバカ! サイっテー!」
 「馬鹿って言う方が馬鹿なんですぅー、ってこの前言ってたじゃないかお前」
 「うるさいうるさいうるさーいバカバカバカバカくっそがき!」
 「あはは、相変わらず仲好いなー」
 「!?」
 「かっ、風見先輩!」
 「ん? それ、バレンタインのチョコ?」
 「あっ、はい、あのこれっ……」
 「そっか、お互いに贈り合うのって流行ってるんだっけ。なんかいいな、そういうの!」
 「えっ」
 「いえ、あの……」
 「そうだ、一粒ずつもらっていいかな? 幸せのお裾分けってコトでさ」
 「あ」
 「その……」
 「ん、ごちそうさま! じゃ、二人とも、いいバレンタインを!」
 「…行っちゃった」
 「……渡せなかった…」
 「………でも一応、もらってくれた、ってコトにはなるのかしら……」
 「…………」
 「……めぐ、もう帰る」
 「はぁ………虚しい……」


2、想いの距離は果てしない

 「……本当に、チョコレートばっかりなのね」
 「そうよー。新鮮でしょ? 日本特有の光景よね、これって」
 「すごいわ。見てるだけでお腹いっぱい」
 「彩さんは?」
 「え?」
 「女の子から告白していい日、っていうのも、日本独特の風習でしょ。せっかくだから、どう?」
 「え、どうって、」
 「うふふー」
 「……もう、あすかさんのいじわる!」
 「応援してるのよー」
 「そんなこと言われても……」
 「でも、好きでしょ?」
 「…………」
 「好きだなぁ、って思うと、嬉しいでしょ」
 「……でも、苦しいわ」
 「そうよね」
  はい、あーん。
  唇の先に小さなショコラを差し出されて、雛鳥みたいな気分で噛り付く。
 「だから、この日はチョコレートなのよ」
 「………」
 「あまったるくて、にがーいから」
 「……そうね」
 「恋してる気分、でしょう?」
 「してるわ」
  とっくに、どうしようもなく。
  力なく笑ったら、二粒目が差し出された。
  今度は強く目を閉じて、差し出された苦さを呑み込んだ。


3、無意識だから敵わない

 「My funny Valentine, sweet comic Valentine...You make me smile with my heart...♪」
 「……ゴキゲンだね、今日子さん」
 「え? なに?」
 「ゴキゲンだねっつったの。……何かイイコトでもあったの?」
 「いいこと?」
  ファイルをめくっていた手を止めて、一瞬ぱちくり瞬きをして、それから今日子はくすりと笑った。
 「そうね、あったっていうか、ある予定なの。これから」
 「へー。加賀?」
 「大体そうね」
 「だいたいってナニそれ」
 「チョコもらうの」
 「え?」
 「バレンタインだもの。チョコをもらうの」
 「……あげるんじゃなくて?」
 「ええ。あげるんじゃなくて」
 「加賀から?」
 「加賀くんからというか……加賀くんを通じて?って言ったらいいのかしら?」
 「…………」
 「人気あるでしょ、加賀くん。だからいっぱいもらってくるのよね。珍しいのや美味しいのもたくさんあって、だから毎年、楽しみなの」
 「……うーわぁ」
  思わず天を仰いでしまう。だってそれって、牽制だ。あざといって言うか、残酷。無意識にしても、傲慢ってもんでしょ、今日子さん。
  けどそうやってにこにこ笑う様子があんまり嬉しそうだから、もうなんにも言えなくなってしまうのだ。
  おっそろしいわ、天然素材。小さくため息をついたら、敵わねーだろ、と笑い声を上げる加賀の姿が見えた気がした。


4、彼女の微笑が怖ろしい

 「やめておけ、ブーツホルツ」
  脇からひょいと手が伸びて来て、箱の中身を攫って行く。
 「……おい、スゴウ」
 「親切で言ってやってるんだぞ」
 「莫迦を言え。返せ」
 「手遅れだ」
 「…………」
  無造作に口に放り込まれた、焦げ茶色の塊はもう戻ってこない。
  折角貰ったものだったのに。肩を落としたその隙に、今度は箱ごと攫われて、思わずおかしな声が出る。
 「おい!」
 「諦めろ。お前には毒だ」
 「どの口がそれを言う」
 「だってそうじゃないか。ウィスキーボンボンだなんて、最悪の選択だろう」
 「最悪?」
 「避けるに越したことはないさ、何しろ、お前の酒癖の悪さは知れ渡っているからな」
 「酔っていなくても女癖の悪いお前さんよりいいと思うがね」
 「ご挨拶だな」
 「ふん、言っていろ。どうせすぐにその軽口も叩けなくなる」
 「ほう。何かあるのか」
 「クレアだぞ」
 「は?」
 「そのチョコレート。ついさっきクレアに、渡されたんだぞ」
 「……」
 「怖くなっただろう?」
 「………返す」
 「抜かったな、スゴウ」
  力なく返却された箱の中身には、綺麗なくすくす笑いが重なった。

[2014年2月]