選ぶよ
「どう思う?」
並んで大型モニタを眺めていた、キラ・ナルセが呟いた。
自分に向けられた問い掛けなのだろうと判断して、ナッシュ・ユーイング・レギオンは彼女の方を振り返った。
が、何を問われているのかは解っていない。だから、そのまま首を傾げて黙っていた。
「どう思うと訊いているんだ」
「あー、セリフ自体は聞こえているよ、キラ」
モニタから目を離しもしないキラの言葉をやんわりと遮る。
「そうじゃなくて、何について感想を求められているのか解らないんだ」
「わかれよ」
無茶なことを言って、ぐいとキラが振り向く。
「今我々が観ているのは何だ?」
「入社式だねー。我が社の」
「だろう。だったら、今見ているこの映像の、この光景に対する感想を求められているんだということぐらい、いくら貴様の脳ミソでも解るだろう」
「相変わらず言葉の選び方に遠慮がないね、キラ……」
「船長が乗組員に対して遠慮しなくちゃいけない理由があるのか? ええ?」
「……ありません」
――ナッシュ・ユーイング・レギオンはスカイ・アイ社の社長である。キラ・ナルセはスカイ・アイ社の社員である。従って、ナッシュはキラの上司である。この命題は真。
――キラ・ナルセはブレーメンUの船長である。ナッシュ・ユーイング・レギオンはブレーメンUの甲板員である。従って、キラはナッシュの上司である。この命題も真。
「わかればよろしい」
「はい……」
相反する命題を如何に両立させるかなんてことに、無駄な時間を割くことをよしとはしないキラ・ナルセは、ナッシュが口答えしない(出来ない)のをいいことに、
今日も堂々と上司として振る舞っている。
「で、どう思う?」
「立派な入社式だねー。我が社ながら」
「あのうちの何人が宇宙船乗務員なんだ」
「今年は、えっと、322人かな。25人が船長候補生。あ、今映ってる列がそう」
「……女が多いな」
「そーなんだよ。25人いて、16人が女性だもんね」
「美人も多いな」
「そお?」
「そう思わないのか? ほれ、今映った子なんてすごいぞ。顔もいいし体もいい」
「あー、立派な胸だね。確かに」
「……ああいう船長だと、乗組員の士気も上がるんだろうな」
「ん?」
ナッシュは視線をキラに向けた。キラの視線は動かなかった。画面の中には、見事なボリュームを持つ上半身が映っている。
「乗組員は、やっぱり男性の方が多いだろ」
「まあ……7対3くらいかな」
「若くて巨乳で美人な船長の方が、彼らもやる気を出すだろう?」
「そーかなー?」
くいーっと語尾を上げる子どもっぽい喋り方で、ナッシュはやんわりと抗議する。
「そうだろうさ。男ってのはそういう生きもんだ。……と、昔読んだ平面漫画に描いてあった」
「またそういうよく分からない根拠を」
「そうはいっても、貴様だって実際そうであろ? え?」
びしっ!と指をつきつけられて、目をぱちくりさせる。
「……俺が?」
「そうとも!」
力強く頷く船長を前に、ナッシュは見開いていた目をゆっくりと細めた。胸を張って、言い切る。
「それは失礼な誤解だぞ、キラ。若くて巨乳で美人かどうかなんて、俺にはちっとも関係ない」
「んなわけなかろう。巨乳が嫌いな男なんていないんだぞ。……と、昔見た平面映画で言ってた」
「だからそのマニアックな根拠は措いといてさ……とにかく、俺にはそんなの、関係ない」
一旦言葉を切って、自分で自分に納得するように頷く。
「うん、例えば、」
「たとえば?」
「巨乳とスニッカーズが並んでいたとしたら迷いなくスニッカーズを選ぶね、俺は」
「…………なるほど」
キラも深く納得した。納得しつつ脱力した。所詮、駄菓子の方が好きなのだ、この男は。
けれど、脱力した肩を上げ直すよりも早く、ナッシュの呑気な声が続けた。
「でももちろん、スニッカーズとキラが並んでいたら、君を選ぶよ、イレブン・ナイン」
「……つくづく失礼なやっちゃなー。女性と駄菓子を同列に論じるなよ」
「駄菓子じゃないぞ、立派なお菓子だ」
「いや、スニッカーズの話はもういい」
手を挙げて遮る。――それだけでは足りない気がしたので、くるりと向き直って、ナッシュの鼻先に指をつきつけた。
「……いいかよく聴け、ナッシュ・レギオン。私は儲け話が大好きだ」
「そうだろうね。君は野心家だしー」
「だから、スカイ・アイの相続権が手に入るかも知れない今の発言は、喜ぶに吝かでない」
「それはよかった」
にっこりと微笑む。それなりに整った、それなりに偉い人に見える、それなりに好感の持てる、大企業の社長らしい顔つきで。
「だが、もし」
「もし?」
「スカイ・アイの相続権とナッシュ・レギオンが並んでいたら、私も君を選びたいね」
「おや、そう?」
「ああ。一緒にいると、人生に退屈しないで済みそうだ」
「それは嬉しい」
ナッシュ・ユーイング・レギオンは笑った。キラ・ナルセも笑った。
「ね、キラ、嬉しいついでにこのクッキーの箱開けていい?」
「あっ、それは、ハーシーズのチョコチップクッキーじゃないか! 貴様、今までどこに隠してたっ!」
大型モニタの中身など、もうどちらも眺めてはいない。
そのモニタの向こう側で、本人よりずっと有能なナッシュ・コピーが、新入社員への祝辞を述べ始めていた。
――スカイ・アイ社は取り敢えず、前途洋々のようである。
[2012年6月]