近づきたいの


 随分と可愛らしい車だな、というのが第一印象。 「SGMにしては」という注釈が無意識下で付くにしても、新鮮な驚きを感じるのは確かだった。うん、いい。若い女性層に、効果的にアピールしそうな愛らしさだ。
「……という経緯で、コンパクトな外観に対して、居住空間は十分過ぎるほどだ、という印象を強調することになったんだそうだ」
「それで、グーデリアンさん?」
 渋い顔をして兄が頷く。不機嫌の原因は今も陽気に、共演者の若手女優と笑い合っている。
 1分足らずの短いコマーシャル・ムービーを、バージョン違いで3種類。 本来なら守備範囲ではない単発ミッションの為に、常に多忙なフランツ・ハイネルがこうして大都市のスタジオまで出向く羽目になっているのは偏に、 コマーシャルキャラクターにジャッキー・グーデリアンを起用すると決めたSGMの販売促進部のおかげである (「所為である」と言い直してくれ、と、兄は言いそうだが)。 レーサーには珍しい大柄な体躯が、小型車の可愛らしいフォルムにすっぽり収まっている、 そんなビジュアルが新規投入車種の「気軽さ」「親しみやすさ」そして「快適さ」を表現するのに役立つと判断されたのだ。
 反骨精神溢れる兄と言えど、親――もとい、親会社には逆らえない。 ふつふつと湧き上がる不満を何度も何度も呑み下して、そして今日、めでたくクランクアップと相成った、のだが。
「……まったく、どこに置いておいても厄介事を連れてくる男だ」
 監督兼お目付け役の、苦々しい表情は消えない。
「まーしょーがないよねー。人気あるもん、グーデリアンさん」
「理解に苦しむ」
 見学者席にひしめき合う若い女性たちの群れを見やって、兄は何度目かになる溜め息を吐いた。
 何しろ、「女の子」たちの持つエネルギー量はものすごいものがある。特に、サーキットでもないここにまでわざわざ足を運ぼうというほど熱心なファンたちなら尚更。 スタジオに入る度、出る度、しなくてもいい苦労を背負いこむ羽目になって、 ジャッキー・グーデリアンというドライバーの人気を思い知らされているここ数日なのだった。
「お兄ちゃんには理解できなくても、女の子たちには分かるんだってば。だいたい、人気者じゃなきゃCM撮ったって意味がないじゃない、」
「……いい、いいから黙ってくれリサ。冗談抜きに頭痛がしそうだ」
 またあの集団を掻き分けて帰らねばならんのか、と、こめかみを押さえた兄が嘆くのを、申し訳ないようなちょっと笑い出したいような、複雑な気持ちで眺めた。 だって、リサには分かるのだ。「女の子」だから。身内みたいなもんだけれど、それでも。
「これ以上リテイクが出ないで助かったが、……ああ、まだ、編集作業にも付き合わなくてはならんのか。 くそ、こっちに割いた時間を、誰がどう埋め合わせてくれると言うんだ……!」
「売り上げが上がればそれでいいじゃない」
 恨みがましい視線は無視する。仕事中毒気味の兄だが、どちらかといえば研究者気質で、売上だの成果だのに対する感性は標準よりも寧ろ鈍い。 現実的な判断を容赦なくぶつけてやるのもまた、マネージャ兼秘書である妹の役割なのだ。
「……それは、そうだが、」
「だーいじょうぶ、安心して。段取りはリサがきっちりつけといてあげる。大サービス、書類整理と作業部屋のお掃除も引き受けちゃう」
「そ……それは……」
 日頃、日常のあれこれには寧ろ率先して兄を扱き使う妹からの珍しい提案に、氷の美貌が若干怯えているように見える。失礼な。
「別にヘンなことは企んでないよ?」
「…何かしら企んではいる、という風に聞こえるんだが」
「あったりー☆」
「…………」
 警戒の色を強める瞳を、かわいらしい、と思う。兄にバレたら激怒されそうだけれど。
「企んでるっていうか、提案?かな? ちょっとしたことなんだけど」
「……なんだ?」
「グーデリアンさんのCMさ、曲付けるなら、コレがいいなって」
 携帯音楽プレイヤをぽちぽちと弄って再生する。柔らかなピアノの前奏と、伸びのあるアルト。合わせて小さく口ずさめば、兄のしかめっつらが微かに緩む。
「随分と可愛らしい曲だな」
 あ、おんなじようなこと言ってる。
「どう? SGMの可愛らしい車に、可愛らしい歌の似合うジャッキー」
「天使に祝福されるようなタマか、あいつが?」
 兄らしからぬぞんざいな物言いにくすくす笑う。なんだ、気に入ってるんじゃない。ていうか、知ってたんだねこんな古い曲。
「間違ってないよ。あの女の子たち見たらわかるじゃない」
「……まったく、どこに置いておいても面倒な男だ」
「だよねー」
 でも、そのチャーミングな厄介者に、惹かれてるのはきっとおんなじだよね。
「売れるよー、たぶん。楽しみだね」
「…そうだな」
 見学者席の女の子たちにひらひら気安く手を振って、主役がこちらに戻ってくる。 降り注ぐ黄色い声に目を細めて、リサはこっそり、歌の続きを口ずさんだ。
"Just like me, they long to be close to you."


[THEY LONG TO BE] CLOSE TO YOU
 ―― Burt Bacharach & Hal David

Why do birds suddenly appear
Everytime you are near?

Just like me, they long to be
Close to you

Why do stars fall down from the sky
Everytime you walk by?

Just like me, they long to be
Close to you

On the day that you were born
The angels got together
And decided to create a dream come true

So they sprinkled moon-dust in your hair of gold
And starlight in your eyes of blue

That is why all the girls in town
Follow you all around

Just like me, they long to be
Close to you...



 あなたがいるといつも
 小鳥たちがやってくるのはどうして?

 そうね、きっと私とおんなじ、
 あなたの近くにいたいのね

 あなたが歩くといつも
 星たちが降ってくるのはどうして?

 そうね、きっと私とおんなじ、
 あなたの近くにいたいのね

 あなたが生まれたその日には
 天使たちが集まって、
 夢をぜんぶ叶えることに決めたの

 金の髪に月の光を、
 青い目には星の輝きを
 振り撒いたんだもの

 街中の女の子たちがみんな
 あなたについていくのも、そのせい

 そうよ、きっと私とおんなじ、
 あなたの近くにいたいのよ...


[2013年5月]