緊張しちゃいます


 緊張しちゃうのよね、と不意に言われて目を開けた。 真っ直ぐにフロントガラスの向こうを見ている今日子の顔は、ほんの少し悔しそうな表情を浮かべている。
 今の、僅かにキツすぎたブレーキングのことを言っているのだろうか。行く手を遮る赤信号。 腹の辺りにぐっと押し付けられる感触はあったけれど、頭が揺らぐほどではなかったから、それほどの失態というわけでもあるまいに。
「加賀くんが隣だと、どうしても。プロに横から見られてるって思うと、やっぱり多少、固くなるわ」
「ふーん」
 加賀からすれば、そんな理由じゃなくて別の理由で緊張してほしいところではあるのだが、取り敢えず気のない返事だけを返した。
 視線を前に戻す。ひとつ先の信号が青になったのが見える。大通りでは今のところ、順調に車が流れている。
「普段はどんなこと考えて運転してんの?」
「そうね、ぼーっとしてるわけには行かないけど、大抵、対向車両を見てるわ」
 信号が青に変わる。発進は静かでスムーズだ。レーシングカー並みの加速性能を持つ車に乗りながら、極めて柔らかなアクセルの踏み方。
「イケメンが乗ってないかなー、とか?」
「そんなわけないでしょ」
 小さく笑い声が混じったことにほっとする。悔しそうな表情ももう、とっくに和らいでいるだろう。
「どんな色やどんな車種が多いのか、とかね、そういうことを見てるわ。 うちのが多ければやっぱり嬉しいし、なんとなく流行が掴めるから、マーケティング資料の読み込みが楽になる感じもあるし」
「へぇ」
 さっすが、仕事熱心ですこと。こんな、休日の気晴らし日帰りドライヴのときまで、「マーケティング」なんて言葉が出てこようとは。
「加賀くんは? いつも、どんなこと考えながら運転してる?」
「先行車までの距離と到達時間とか、あと、オーバーテイクポイント」
「ああ、やっぱりそうなのね。それもある意味、職業病ってもんかしら」
 満足そうに頷く気配。こっちも一応、仕事熱心だと認識されてはいるんだろう。 ……ま、あんたが隣にいるときは、そればっかでもないんだけどな。 なんて部分は、やっぱり今は、口には出せない。
 あんたが疲れてないか、退屈はしてないか。嬉しそうに笑っていてくれるか、どうか。 そんなことばっかり考えちゃって、俺の方はそんな理由で、緊張したりもするんだけど。
 そう、だから、今日子の方にも、少しはそういう理由で緊張してもらいたいものだ。 こんな距離感で、こんな長い時間、ふたりっきりで過ごす機会なのだから!
 ……なんて当然、考えたこともないんだろうなぁ。
 心の中でぼやきつつ、真っ直ぐに前を見ている今日子の横顔に、気付かれないように見惚れる加賀である。

[2012年5月]