つまり、 ( ―― In conclusion, )
「昔々あるところに、男の子と女の子が住んでいました」
「昔々あるところに、男の子や女の子が住んでいました」
「昔々あるところに、男の子と女の子が住んでいませんでした」
「昔々住んでいました」
「住んでいました」
「昔々」
(中略)
「昔々あるところに、男の子や女の子が住んでいました。
男の子が沢山いたのかも知れないし、女の子が沢山いたのかも知れません。
男の子はいなかったのかも知れないし、女の子はいなかったのかもわかりません。
それとも全く本当に誰もいなかったのかもわかりません。
ぴったり同じ数だけいたということは、とてもありそうにありません。
もともと誰もいなかった場合だけは別ですけれども」
―― 円城塔『Self-Reference ENGINE』Writing<プロローグ>より.
◆
「つまりだ、」
世の中には見渡す限りあらゆる種類の理不尽が山積していて、俺の人生においてももちろんソレは例外ではない。
ありとあらゆる種類があってその定義づけだけでも人それぞれ個人差が大きすぎるってのは事実だが、揺るぎない確信がひとつある。いちばん厄介なのは彼女だ、ってコトだ。
「結論として」
彼女が口を開く前にと、俺は急いで声を上げる。お話なんてのはさっさと切り上げるのに限る。
「アンタは俺に惚れてんだよな?」
「貴方が私に惚れてるのよ」
何を言い出すんだこの女。
猫みたいに光を弾く大きな両目が瞬きをして、零コンマ何秒世界が遮断。再接続。再開。事態はちっとも改善しない。
原因があって結果があって、いわゆるひとつの因果律、真っ向対極大衝突間違いなしのこの捻くれ具合はなんだ。
「色んなことを、あれこれ考えてみたんだけれど」
説明にも言い訳にもなりゃしないことを、大真面目な顔で囁く。
「“わたしを好きでいてくれる男”っていうのが、女にとっては最後の最高だと思うの」
「そりゃおめでたいな」
最後の最高か。そうだな、大変おめでたいな。恋愛遍歴の終着駅、運命の恋人とかいう奴が、きっとそこでは待ってるんだろう。
「だからそれで、貴方よ」
「光栄ですヨって言えっての?」
「無駄なセリフを求めてるつもりじゃないんだけど」
伸ばした指先がリボルバーの銃口そのものだ。弾き飛ばされたら、アタマに過去のかたちの穴が空く。それとも心臓に恋のカタチの穴が空くんだったか。
知っている。わからない。知っていた筈だ。わかる訳がない。どうでもいい、と手を挙げる。
「例えばそれが、俺だったと仮定して」
仮定無しに話を進められるだけの頭があればいいのに。俺にも彼女にも。
自分は狡猾だと自覚しているし、彼女は聡明だと深く信じてもいるけれど、如何せんこの手の問題は、人間レベルじゃどうにもならないってコトだってやっぱり知っている。
「仮定して」
こっくり頷く黒曜石色の目の奥に、時空の捩じれとか次元反転装置とかそういうものが見えないかって、思ってみるけど思ってみただけだ。あるワケがない。
「うけいれる?」
受け入れる?
鏡みたいに呟いて。
「例えばそれが、俺ではなかったと仮定して」
「仮定して」
仮定前提超理論、こんな前置きに意味なんてあったんだろうかと自問してみる。してみるけどしてみただけだ。あるワケがない。
「ことわる?」
断る?
「……例えばそれが、俺だったと仮定して」
「仮定して」
「俺だったと仮定した上で、断る」
彼女の唇がきゅーっと歪んで、初速93.6m/s、伸ばされた指先から弾き飛ばされた得体の知れない宣言で、思考回路に正体不明の穴が空く。
「おかしな話!」
そんなワケで、振りかざした“つまり”をどうにも出来ないまま、俺と彼女は哄笑する。
たとえば彼女の言う、最後で最高の男ってのが本当に存在するとして。
存在するかも知れないししないかも知れない、というのがそもそも仮定として意味があるのかどうかというのも一旦措いておくとして。
たとえばそれが俺だとする。オーケイ受け容れよう。結論は彼女の中での論理的帰結であって、事実だとか真実だとかいう証明は、誰もやり方を知らない以上やりようがない。
もし出来たとしてもそれが未来永劫変わらない訳ではないのだし。たぶん。とはいえ未来永劫を見届ける機能は俺には付いていないから、結局それも憶測に過ぎない。
とにかくそれが俺だとする。当然の論理的帰結として、俺は彼女に結婚を申し込もう。或いは心中だとか。殺し合いだとか。逃避行だとか。
何にせよそんなような非論理的で愚行としかいいようのないハッピーエンドを提示しよう。オーケイ? オーケイ。話は終わり。QEDでも、FINでも、好きなアルファベットで飾ればいい。
或いは、
たとえばそれが彼だとする。オーケイそれもありだろう。こちらの結論は彼女の中での論理的帰結云々を取り沙汰する前にそもそも俺の問題ではないのであって、 だから言ってしまえばこうして仮定の俎上に載せてしまうコト自体あまり歓迎されていないことのような気もする。
気もする、なんて曖昧な語尾を選択してしまっている時点で、間違いなくこれも憶測に過ぎない。
とにかくそれが彼だとする。精々が希望的観測の域を出ない未来予想図として、彼は彼女の求婚を懐深く受け入れるだろう。或いは情死だとか。拘束だとか。行方不明だとか。
何にせよそんなような非理性的で無様としかいいようのない大団円を想像しよう。オッケー? オッケー。こちらも終わり。緞帳だろうが、カーテンだろうが、好き勝手に引くがいい。
そして結局、降りかかってくる理不尽を、どうにかする手段を“つまり”俺は持ち合わせない。
だからたとえば、彼女の言う、最後で最高の男ってのが本当に存在するとして。
たとえばそれが俺だとする。
俺だということになっている、とする。
するとどうなる?
「つまり貴方は」
肩を竦めて彼女は。
「ずっと私を好きでいる、ことになっているのよ」
「今から?」
「今から、なることに決まっている、というべきかしら」
見えない風が吹きあげる。それが過去から吹いているのか、未来の方から吹いているのか、それともどこにも始点がないのか、俺と彼女にはわからない。
俺が物心ついた頃から、時間ってのは不可逆的に一方向に向かって流れていて、 タラレバなんて持ち出してわが身の不運を嘆いても、起こったことは取り消せないってそういう取り決めになってた筈だ。
それと引き換えにするみたいに、現時点から“先”のいわゆる未来ってヤツは完全白紙で、今現在の行いと心がけひとつで何千何万何億以上の可能性の選択が可能になってる筈だった。
っていう俺の知ってる前提を、軽く開いた唇ひとつ、情け容赦なくぶち壊してみせるんだ彼女は。
「そういうことになっているのよ、」
「オッケー?」
既に出逢ってしまっている俺は、既に彼女に惚れ込んでしまっている俺は、どう足掻いてもこの不可逆的選択から逃れることは出来ないらしい。
彼女の想定するその男が、例えば俺だったとして。或いは俺ではなかったとして。
彼だったとして。彼ではなかったとして。俺か或いは彼だったとして。彼でも俺でもなかったとして。俺ではなく彼だったかも知れないとして。彼ではなく俺だったかも知れないとして。
として。そして。しかるべくそのようにして。
なんてこった、結局、俺はこうして彼女の前に、平伏す以外の未来をきっと持たないのだ。
「そういうことになってしまっているのよ、」
「オーケイ?」
もちろんだ、もちろんですとも女王様。
そんなワケで。
当然の論理的帰結をどう当然とも取れないまま、俺と彼女は手を繋ぎ、深夜の街へと繰り出していく。
[2015年5月]