あまのじゃく(―― Her cute white lies.)


 火を起こしてしまいさえすれば、あとはほとんどやることがない。 真夏の午後のキャンプ場、吹き抜ける風にゆるゆると眠気を誘われながら、男たちはずるずると缶ビールを啜る。
「きゃあ、駄目よリズ、止して!」
 歓声のような悲鳴のような声があがった方に目をやれば、三流ホラーみたいに高々と包丁を振りかぶっている金髪を、数人がぎゃあぎゃあ喚きながら取り押さえようとしていた。 今季から入った新人マスコットガールか。17歳だというあどけない顔に、必死の形相を浮かべて包丁を握る姿は、うん、ごめん、ちょっとしたホラーだ。
「だって固いんだものカボチャ、これっくらいしないと切れない、」
「無茶しないでお願い!」
「いいからリズ、ほら、キャベツ切ってくれないかなキャベツ!」
 ……和やかというか、なんというか。一瞬修羅場を想像して緊張しかけた周囲から、ずるずると力が抜けて行く。
「ぶっとんでるなー、新人ちゃん」
「カワイイからいいけどね〜」
「いやー可愛いけどあんまお近付きになりたくないかも」
「お前じゃ向こうからお断りだってよ!」
 何おぅ!?と芝居がかった声があがって、テーブルの周りがどっと沸く。
「しっかしすごい光景だなアレ」
「あれでプロフィールには『特技:お料理』って書いてあるんだから豪胆だよなぁ」
「『お菓子作り』ってなってたわよ、一応言っておくと」
「んー? そうだっけ?」
 横から口を挟んできた相手をちらりと見上げ、加賀は片手の缶ビールをゆらゆら振った。
「それより、今日子さんも呑めば?」
「まだいいわ。あの子たちを放っておくのも心配だし」
「あっそ」
 だったら向こうは任せたぜ、というニュアンスを込めてビールを引っ込める。目が合った今日子は小さく笑って、ゆっくりと水場の方へ向かって行った。
 ヘンな女。口から零れそうになった感想を、ぬるくなったビールと一緒に呑み込んだ。
 だって、ちっとも乗り気じゃなかったクセに。

「バーベキュー?」
 はっきりとした抑揚に、また面倒なことを、という色合いを滲ませて言った、今日子の声を覚えている。
「そ。フツーの飲み会ってのもつまんねーだろ? イマサラだし」
 名目上は「歓迎会」である飲み会は、ずれにずれてとうとう7月末にまでなった。 7月末と8月頭のどちらがいいか、と幹事役に訊ねられたとき、あまりにも今更過ぎる日程に呆れた加賀が、 なんか変わったコトをしようと提案した結果が真夏のバーベキューだ。 富士の麓の高原は下界に比べて遥かに涼しいし、外国籍の多いAOI-ZIP関係者には企画を告げた時点から好評で、 加賀の提案に眉を顰めてみせた今日子も、流石に反対はしなかった。
 しなかったが、明らかに乗り気ではなかったのだ。曰く、「屋外は嫌いなのよ、幾ら気を付けても日焼けしちゃうんだもの」。 バーベキューという内容についても、「どうせ、女の子たちばっかり作業する羽目になるんでしょう」。
 平気で気を殺ぐような発言を、加賀に対しては遠慮なく浴びせてくれたもんだから、正直なところ若干うんざりという思いもしたのである。
 全く、面倒な女なのだ、葵今日子というのは!

 ……なのに、いざ高原まで来てみたら。
「サラさん、お鍋の方見てる?」
「あ、はい、もうちょいで沸騰しそうです」
「そしたらアクを取ってね、簡単にでいいから。マリナさん、こっちのサラダどうするの?」
「トマト乗っけます。今、沢で冷やしてるんですけど、そろそろいいかも知れませんね」
「取って来るわ、」
 スカートの裾を翻し、つかつかと水辺まで歩み出て、躊躇いなく沢に素足で踏み込んでいる。 ついと持ち上げた裾から覗く、真っ白な足首の、折れそうな細さ。 日傘も薄い上着もとっくの昔に投げ出してしまって、剥き出しのままの腕で冷たそうに、ぷかぷか泳いでいるトマトを拾い上げる。
 ったく、日焼けしちゃう、とかどの口が言ったよ?
 苦笑を隠し切れずに、くっくと声をあげて笑う。 ヘンな女。いつだってそうなのだ、今日子は。
 海へ行こうと誘ったら、暑いのは苦手なの、と断った。そのクセ、躊躇いもせずに灼熱のサーキットに出る。 花火大会に誘ったら、人混みは嫌いなの、と撥ね付けた。その割に、混雑したガレージをいきいきと歩く。
 他人のフォローなんてしてあげる余裕ないわ、とか零してたクセに、フィニッシュ後に真っ先に抱き締めに来てくれるのは彼女だし、 今日は今日で、日焼けも面倒も気にも留めない顔で、鍋奉行ならぬバーベキュー奉行になる気満々のようだし。
 矛盾だらけで我侭で、気まぐれでいい加減で手に負えない。 あーまったく、意味わかんねぇ、なんだよちくしょう、たまんなく好きだ。
 ――そこまで考えて、ぬるい缶ビールをまたぐいと呑み込んだ。今のが口から出てなくてよかった。……でも、出ててもよかった。
 今日子に聞かれて、なんとも言い様のない顔をされるならそれはそれで、よかった。
「……なーんて、な、」
 そんなことを考える自分も、天邪鬼っぷりは大差ないらしい。ゆるゆると回る酔いに目を細め、加賀はトマトを抱えて歩いてくる天邪鬼を、眺めた。

[2013年8月]