ごはん
朝晩はすっかり冷え込むようになったこの時期は、無性に誰かが恋しくなる。突然呼び出してしまったのは、その所為かも知れない。――なんて、言い訳をしても仕方ないのだけれど。
今日子の目の前には今、扱いづらくてしかも可愛い、アオイ自慢のドライバー二人が並んで座っている。
片手に茶碗、片手にお箸、むぐむぐともぎゅもぎゅと絶え間ない咀嚼作業を続けながら、時折「うめぇ」とか「これ好き」とかひとりごとのような感想を呟いたりする。
青菜炒めをぱくりと口に入れた新条が、何か言いたげに今日子を見る。ああなるほど、茶碗の中身が空っぽだ。
「おかわり?」
頷きながら問うてやる。
普段ならすぐに「お願いします」の一言が返ってくるところだけれど、恐らくまだ口中の青菜を呑み込んでいないからだろう、新条が無言のまま頷く。
渡された茶碗に二杯目をよそい、両手を添えて差し出すと、こくりと嚥下を終えた新条は、ありがとうございますと呟きながらそれを受け取った。
口元が小さく笑んでいる。よかった。満足してくれているのだろう。大袈裟な賛辞などを口にするのはあまり上手くない彼だから、表情から評価が滲み出る評価が尚更嬉しいのだ。
「きょーこさーん、俺もー!」
じんわりと浸っていた感慨をぶち壊して加賀の明るい声が響く。同じく空っぽの茶碗を受け取って、心持ちざっくりと二杯目を盛ってやる。
はい、と片手で差し出すと、猫を思わせる瞳が抗議するようにきょろりと動いた。
「なーんか新条と俺とで扱い違わねーか?」
「気の所為よ。ほら、要らないの?」
「いります。」
あっさりと抗議を諦めて加賀の左手が茶碗を受け取る。こんなところも新条とは違う。
新条なら渡されたものは基本的に両手で受け取るし、軽く頭を下げることも、一言礼を述べることも忘れない。
全く、対照的な二人だ。食卓に頬杖をついて、今日子はつらつらと考える。
何の作為もない真っ黒な髪と、どこか上品な切れ長の目、感情を素直に映してしまう、すっきりとして端整な顔立ち。
育ちのよさと生真面目さが見た目にも表れている新条は、立ち居振舞いにも外見の印象とほぼ同じ、丁寧で品のいい雰囲気が溢れている。
箸の使い方が綺麗なことや、一度に口に入れる量が多くないこと、咀嚼するペースが一定なことや、まんべんなくどの皿からもおかずを取って食べること。
食事の場で感じ取れる「新条らしさ」はどれも今日子にとっては好ましいもので、だからこそ新条に手作りの夕食を振舞うことも多いのだった。
一方の加賀が今日子に与える印象は、新条ほど洗練されたものではない。
特段飢えているという訳でもなかろうに、がつがつと掻き込むように食べる癖があり、口に物を入れたままでも平気な顔で喋りまくる。
目に痛いほど鮮やかにカラーリングされた髪はいつも今日子には理解不能な造形を保っていて、服装も小物も些か外連味が強すぎる。
それでも、骨の多い魚の煮付けも戸惑いなく綺麗に食べるし、食べる前には「いただきます」、食べた後には「ごちそーさん」と、手を合わせることを怠らない。
いつも芝居がかって大袈裟な表情が時折、素朴な笑顔に緩むのも、コレすっげー旨ぇ!と抑え切れないように感想をぶつけてくるのも、それはそれで気に入っている今日子である。
「…………、」
そこまで考えて、何とは無しに溜め息が出た。対照的な二人。アオイの自慢のドライバー。
扱いづらくて可愛くて、面倒臭くて頼りになる、とっても素敵な男の子たち。
――なのだが、どうにも、こんな風にしていると。
「あの、今日子さん、もう一杯もらってもいいですか、」
「きょーこさん俺お茶飲みたいお茶ー!」
……大きな犬っころを相手にしているような気にもなってくるのだ、なんとなく。色気も何もあったもんではない。
これほどまでに魅力的な、同年代の男性に囲まれているというのに、全く!
「はいはい、ちょっと待ってね。新条くん、お茶は?」
「あ、あとでいただきます」
「加賀くんはもうちょっと野菜も食べなさいね。ほら、胡麻和えが全然減ってないわよ」
目線で促すと加賀が堪え切れないように笑う。
「ぶは、きょーこさんてなんかアレだな、おかーさんみてぇ!」
「よせよ加賀、そんなに年離れてないだろ、」
「そんなにも何も貴方とはほんの半年しか違わないんですけど!」
「うわっち! ちょ、きょーこさん熱ぃよお茶こぼしたぞ今!」
「わざとよ?」
「ヒドイ!」
喚く加賀、くすくす笑っている新条。深く青く宵闇の降りた窓の外。
ああ、色気も何もなくていい、あのひりひりするような、レースの興奮さえなくていい。今は。
温かな食卓の匂いに包まれて、今日子は声を上げて笑った。
[2012年10月]