強制初恋モード


 晴れて同僚となった新条くんとみきちゃん。
 業務中こそ同僚のふりをしてますが、お昼休みになると一緒にご飯を食べるのです。
 そう、まるで高校生カップルのように。(笑)

「……何してんだ?」
 そのらぶらぶカップルを遠巻きに取り囲んで、手にしたマグカップやら紙コップやらを地面に置いていく他のクルーたち。
「しっ。あまり注意を引かないで下さい加賀さん」
「……はぁ」
 何だか知らないが、あの二人には内緒らしい。……もっとも、お互い以外の存在が目に入っているようには見えないが。
「で、何なんだコレ?」
 若干声を潜めて再度問うと、片桐は目線でらぶらぶカップルの方を指してから囁いた。
「加賀さん、あそこ、何が見えます?」
「何がって」
 新条とみきちゃんじゃん。と答えようとして加賀は、ぽかんと口を開いてしまった。
「…………何あれ?」
「見えるでしょう。無数のハートが」
 見える。あんなもんが存在する世界観の設定じゃないはずなのに。
 風に煽られた満開の桜のように、ひらひらと乱舞する薄桃色のハートたちに、加賀は言葉を失くした。
「あれを一枚、手に入れると」
 まさに今、そのひらひらしたものが中へ舞い降りたカップを手にとって、片桐は加賀の目の前に差し出した。
「こんなものが得られるわけです」
「……こんなモノ?」
 カップの底に、淡い淡い桜色の液体が、ほんのちょーっぴり。
「舐めてみてください」
 え、と思ったが、片桐の表情は真剣だった。
 ……毒、ではないはず、だよな。珍しく慎重に構えながら、しぶしぶその液体に指をつけて、舐めてみる。
「……ふむ」
 微かに甘くて、しかもすっと消える。見た目から連想されるイメージそのものといった味だった。
 確かに美味だが、ここまでして手に入れようとするほどのものか?
「けっこー旨いけど……」
「加賀さん」
「ん?」
「ちょっとあっちを見てみてください」
「え? 何かあんのか……」
 深く考えもせずに視線を投げた途端、どくん!と音を立てて心臓が跳ねた。
 ――え?
 視界の隅に捉えられた、我らが女王さまの姿。
 それに反応したのだと、何故だか分かる。片桐が見せたかったのは、ちょうどやって来た今日子だったのだ。
 どくん、どくん、どくん。
 え? え? え?
 高くなる鼓動の音と、上昇していく体温。混乱した頭で片桐を見やると、片桐は頷いて手を広げた。
「こういうことです。言うなれば、初恋モードの強制発生とでも言うか……」
 異性への、ときめきを強く含んだ過剰反応。如何にも新条から発散されていそうな内容だ、と思って加賀はげんなりした。……心臓はときめいたままだったが。
「そんなに長く続くわけじゃないんですけど、繰り返しやってたら相当効きそうでしょう? それでこんな風に」
 みんな、密かに入手しようと一生懸命なんです。そう言って片桐は話を締め括った。
 なるほど。確かに、自分の想い人に密かに飲ませることが出来れば、相手は「自分に会うたびにときめいてくれる」のだ。錯覚から恋に落ちても全くおかしくない。
「密かにってトコがやらしーよなぁ……」
「そりゃそうですよ。数限りなくあるもんでもないし、他人に先を越されるのもイヤですしね」
 ――先を、越される?
 加賀の頬がぴくりと動いた。それに気付かず、片桐はにこにこと続ける。
「ま、あの二人以外にも微笑ましいカップルが出来るんなら、それはそれでいいと思いますけど」
 微笑ましいカップル、だとぅ……?
 ……別に、クルー内にどんなカップルが出来ようが、加賀には関係ない。
 が。
 クルーではなくもうひとり、騙されて無防備にこういうものを飲んでしまいそうな危なっかしいお嬢さんがいて、彼女がどっかのオトコとくっついてしまうのは困るのだ。
「しかし見れば見るほど、あの二人って幸せそうで……あれ? 加賀さん?」
 いつの間にか加賀の姿が消えていることに気付いて、片桐は不思議そうに首を傾げたが、すぐにまあいいかと昼食に戻った。
 その頃、諸悪の根源は新条だと結論づけた加賀は、明日からの二人を引き剥がすべく暗い笑みを浮かべて黙々と作戦を練っていた。


[09年7月]