剣と魔法と僕たちと。



※フォーセリアとは
グループSNEの手になる架空世界。『ロードス島』シリーズや『クリスタニア』シリーズ、『ソード・ワールド』シリーズなどの舞台。
中世ヨーロッパ風の雰囲気をベースに、剣と魔法と異形が生きる所謂「ファンタジーもの」の世界観を持ち、 日本国内で最も幅広く使われているシェアード・ワールドであるとも言える。
今回の話は一応ロードス島の、邪神戦争も終わって久しい状況下のつもりで書きましたが、厳密な考証はなされておりません。陳謝。


1、騎士見習いと武器職人

 教えられて訪ねた武器屋は随分と辺鄙な場所にあった。 建屋も拍子抜けするくらい小さく粗末で、けれど、作業場らしき広々とした露天には、見たこともないような器具がきちんと整理されて置かれている。
 きょろきょろと見回してしまうのは緊張している所為だ。初めての所は、緊張する。少し悩んで、漸く扉を潜って顔を上げて、そしてうっかり、立ち止まってしまった。 途切れた足音を聞きつけてか、小柄な人影がゆっくりと目を上げた。
「……なんだ女か、って思ったんだろ」
「あ、」
 いや、とも否定し切れずに目線を彷徨わせる。赤っぽい髪と猫のような目、細身なのにやたらと迫力のある雰囲気を漂わせた若い娘。 年齢的には自分とほとんど変わらないだろう。
「おやっさんは留守だよ」
「留守?」
「悪いけど、しばらく帰んない。帰らずの森に仕入れに行ってるからね」
 思わず眉間に力が入った。また、出直してこなければならないのか。いつになるのか判らないものを、相棒であるこの剣無しで待ちぼうける羽目になるなんて。
「アタシが見るよ」
「え?」
 ほっそりとした手を無造作に差し出してくる。
「ほら、またそーいう顔する。……おやっさんがいないって言うと、みんなこうなんだもんな」
 不機嫌そうに唇が尖った。内心、なんだ職人は居ないのか、とがっかりしたのは事実なので、言い訳するのは躊躇われる。
「いーよ、仕上がり見てもらや、イヤでも納得するっしょ。……アラニアの騎士さん?」
「見習いだ。まだ」
 自分で否定しておきながら、自尊心がずきりと痛んだ。17歳。同年生まれの幼馴染たちは、既に皆、騎士としての叙勲を受けている。 名門と呼ばれる旧家の生まれ、それも、従兄弟すらいない唯一の男子としては、未だに見習いに甘んじている現状は、正直なかなか受け入れがたいのだが。
 目の前の娘はこちらの立場など何も気にする様子はない。開かれた手のひらは切り傷と火傷で汚れていて、それでも白く小さくて、 両手剣の重さを受けとめられるようには見えなくて、思わずそうっとした動きになってしまう。
 けれど、受け取った剣を淀みなく鞘から抜き放ち、見分して、ふむ、と一言。
「火蜥蜴とやりあったのか」
「! 判るのか!?」
「そりゃわかるよ…明らかに火にやられてる痕じゃないか、これ。この辺の刃毀れはかなり硬いモンにぶつかった証拠だし」
「そう……か……」
 専門家の手にかかれば、こちらの手落ちも失態も、こんな短時間で見抜かれてしまうのか。思わず知らず肩が落ちる。
「あんたさぁ、」
 呆れを含んだ声に目を上げれば、つ、と指先を刃に滑らせる姿。流した目線が何故か色っぽくて、知らずどくりと心臓が暴れる。
「鈍感ってよく言われるでしょ」
「そ……それも、判るのか…」
「こんなになる前に持って来てよ。火蜥蜴とやる前からもう相当傷んでたと思うよ、コレ。調子悪いなとか思わなかったの?」
「思った、」
 けど、自分の不調だと思った。だから尚更、鍛練の時間も、手入れの時間も増やしていたのだけれど。
「うーん、ちょっとこの辺ズレてんだよねぇ。あんた少し、手入れの仕方を勉強し直した方がいいかもね」
「…………」
 専門家に言われたって、なかなか素直には頷けない。
 でも。けどさ、と続いた声は幾らか、優しかった。
「よく使い込まれてる。熱心に鍛練してんだね。あんたが真面目でまっすぐなの、よくわかるよ」
「……!」
「よし、アタシも、全力でこの子を直してあげる。明後日の昼までにはなんとかしてあげたいな。アンタの方は、それで間に合う?」
 こくこく夢中で頷いて、合わせた視線が眩しかった。前払いの代金を渡したその時に、触れた指先が熱かった。
 ――見付けたかも、知れない。剣を捧げるに相応しい女。どうやら世にいう"身分違い"て奴だけど、そんなの、寧ろやりがいにしかならない。 じゃあまた明後日ね、と叫ぶ彼女の声を背中に受けながら、そういえば名前も訊いてない、と、気付くのは暫く後の話。


2、雇われ戦士と王女さま

 ざわっ、と店じゅうが浮き足立つのがわかる。当然だ、どれほど酔いどれ騒いでいたって、美人が店に入ってくれば、そりゃ気付くのだ、男なら。
 ましてやその美人が、堂々とした長身と、見るも艶やかな曲線美と、それでいて潔癖そうな雰囲気を持っていれば。 加えて、どんな素人が見ても見間違いようのない、極めて高価な服飾品だけで、全身隙なく装っていれば。
 場違いだ。似合わな過ぎる。こんなところ、こんな繁華街の、こんな混み合った、こんな猥雑なところに、いていいはずの女じゃないのに。 開いた唇から、凶器みたいに艶やかな声が零れて、
「マスター、」
「お、おれですかい!?」
“おやじさん”としか呼ばれたことのない店主がひえぇっと声を上げる。頷いて、彼女は言った。
「ここでいちばん売れているお酒と、いちばん人気のあるお料理をちょうだい。……ああ、大丈夫、強いお酒だったって、卒倒したりしないわ」
 そしてにっこり微笑んで、
「もしそうなっても、保護者はいるから。ね?」
 振り向いて確認されてしまって、力なく俺は、頷いた。

「……“用心棒”っつーのは、こーいうんじゃない気がする」
「?」
 その不思議そうな顔は、「何を今更?」じゃなくて、「じゃあどういうのなの?」なんだろうな多分。 小国とは言えレントン王家の当主といったら国王なワケで、つまり王様直々の依頼、ということだったはずなのだが。
 実際に仕事を引き受けてみれば、この困った王女さま本人が、強く俺を希望したらしい。 曰く、“どんな如何わしい場所にでも連れて行ってくれるそうだから”で、なんだそれは、どういう認識だ、どこから聞いたんだそんな話。 つーか誰だそんなウワサ流したのは。出どころが判ったらぶん殴る。つーかぶちのめす。
 ――閑話休題。不満は募るけれどもまあ、所詮は雇われ遊撃隊、精々のところが傭兵頭で、安定してしかもまとまった収入が見込めるんなら、断る理由は見付からない。
「ああ、やっと涼しくなってきた」
「呑み過ぎなんだよ…」
「だって、美味しいんだもの」
 まあ、そこらへんは間違っちゃいない。案外、食の好みは似通っているようで、付き合わされるのが苦にならないのも有り難い。
「今日のお店も面白かったわね。男の人が髭を生やしているのは、この辺の風習なの?」
「あー、土地柄、ドワーフとの取引が多いからな。ヒゲも生えてねー“ガキ”だと思われちまうと不利なんだと」
「へぇ……あ、じゃあ、女の人たちが着けてるあの腕環、輸入品なのね? 道理で精巧な細工だと思った!」
 勝ち気で好奇心の強い、行動的な王女さまだと聞いていた。深窓のご令嬢だなんて期待していたワケでもないけど、それでもさすがに、こういう展開は想定してなかった。 ほとんど家出同然じゃねーか。
「…私、どれくらい呑んでた?」
「8杯半てとこ」
「どの辺から正気じゃなかった?」
 いつも正気じゃねーけどな、ってとこは省いて、5本の指を広げて見せる。
「……じゃあ、苦蓬酒よりは幾らか弱いのね」
「アレに4杯耐えるってのも大概だと思うけどな」
「でも、好きだわ、檸檬酒。来てよかった」
 うふふ、と両手を合わせて笑う様子に思わず溜め息。だって、次のセリフが判るからだ。
「次はロイドの方に回ってみない?」
「…まだ帰んないんですかァ…?」
 ほらきた。やっぱりきた。早く国に帰れよ家出娘。いや、親公認だったけど。そうだけど。
 でもフツー、王家のお嬢様は、“見聞を広めるため”っつって放浪の旅に出たりはしないと思う。 百歩譲って旅に出たとしても、夜な夜な酒場に繰り出さないと思う。風俗街覗いてみたりしないと思う。そういう社会勉強は求められてないと思う。 ……俺の感覚がおかしいんだろうか。
「別に急ぐこともないじゃない。見たいものも、知りたいこともたくさんあるし」
 もうとっくに酔いは醒めてるだろうに、相も変わらず夢見がちで。
「それに、貴方がいてくれるなら、何も心配ないでしょう?」
 ……なんだかなぁ。これでも一応、ちったぁ知られた剣士だったと思うんだけどなー俺。 おじょーちゃんのお守りなんかしてられっか!って契約切るのもアリはアリだけど、収入源、手放したくはないしなぁ。
 幸運神チャ・ザも言ってる通り、流れ、交わり、易するところに、幸福の光は差し込むのだし。
「……ロイド経由まで考えると、契約更に10日追加で、〆て98日になりますねェ」
「ええ。じゃあロイドも含めて、宜しくね」
 窓越しの夜空に三度目の満月。あと何回、一緒に観るコトになんのかねェ。つーか、俺、この仕事ちゃんと終わらせられんのかね。 一生このまま、このおじょーちゃんに貼り付いてる羽目になるんじゃなかろうか。
 碌でも無い未来予想図に、黙って額を押さえてみる。閉じた目の裏、もらえるはずの多量の金貨の幻が、金色の月に重なって消えた。

[2015年6月]