この女狐!
CFワールド・チャンピオンシップ・グランプリは早くも第3戦間近。
昨年末に大幅な改修が行われたモントリオール・サーキットに対応するため、
多くのチームが通常よりもやや早めの現地入りを果たしている。
ブラジルGP後の夜をブリード加賀(23)と同じ店で過ごしたとして俄かに注目されている
アオイ/アオイZIPフォーミュラ代表の葵今日子(23)が、勇敢にも直接インタビューを仕掛けた地元スポーツ誌の記者の質問に答えた。
――チーム全体としてブラジルGPの成果は。
「上々だ。加賀の2戦連続表彰台はもちろん、ギアトラブルを抱えた状態で5位に入賞した新条の走りも、健闘と呼ぶに相応しい」
――今期のチャンピオンシップの展望は。
「優秀なスタッフと勝負強いドライバーを擁しているので、今後の展開に自信を持っている」
――新条はセカンドドライバーに甘んじることになるだろうか。
「ファースト・セカンドという区分は設けていない。
もし扱いに差があるように見えるのなら、それはその時々の状況に応じたチーム判断によるもので、年間を通じてのものではない」
――少なくとも生身の男としては、加賀が有利な立場にあるようだが。
「思わせぶりで失敬な質問に聞こえる。敬意の不足を理由に回答を拒否してもいいかと思うが?」
――失礼。先週から各地の紙面を賑わせている報道についての感想を。
「レースの主役を差し置いてチームオーナーの周辺事情を細々と書き立ててもらえるとは光栄だ」
――偶々同じ場所で、二人揃って別々のプライベートを過ごしていたとは信じ難い、と世間は考えている。
「世間がそう判断すること自体は妥当だ。もし他チームでこのようなことが起きていれば、私とてそのように考えるだろう」
――特別な関係を認めるということか。
「特別ではあっても不適切ではないということを認めるつもりだ」
――不適切ではないとは。
「第一に、我々はプライベートにおいては以前から気の合う友人である。
第二に、夕食を共にする程度のことは新条にも同じように行っている。
第三に、もし不適切な関係に陥っているのであれば、我々はそれを外部から嗅ぎ付けられるようなヘマはしない」
――単なる友人関係であるということか。
「単なる、という表現は適切ではない。友人であり同僚であり、同志でもあり仕事上のパートナーでもあることを忘れないでもらいたい」
CF界きっての美貌の女狐は見事に尻尾を隠し通してみせたが、今後も彼らへ熱視線が注ぎ続けられることは間違いない。
「……だってよ。ご感想は?」
手のひらに収まった小さなモニタから目線を外さないまま、加賀は笑いを含んで訊ねた。
ウェイターが注いだばかりの食後のコーヒーを口に運びながら、今日子が涼しい顔で答える。
「随分と色気の無い和訳だわ」
「ごもっとも」
「貴方の意訳?」
「んにゃ、日本語版の読み上げ」
「どこの記事?」
モニタの表示をスクロールし、加賀は「芸能&スポーツ総合エンタメ情報」なるものを標榜する某雑誌社の名前を読み上げる。
「今度取材に来たら言ってやるわ、日本語の扱いがなってないって。あのままじゃ、記者としてのセンスを疑われても仕方ないわね」
「他社の従業員の資質まで気にかけてやってたらキリがねーぞ?」
ほどほどにしろよ、と笑って、加賀はモニタを閉じた。今日子が優雅な仕草でカップを置く。
「んで? 今日はホテル、どこ?」
「リッツ・カールトン」
「さっすが」
「部屋からの夜景が綺麗なの。貴方にも見せてあげたいわね」
さらりと言い放ってから、今日子は立ち上がった。支払いを済ませ、クロークから荷物を受け取る。
その間にも、無数の視線が注がれているのを感じる。幾つかはレンズ越しに。幾つかはレコーダとマイクの気配と共に。
「あーあ、ここ出るのメンドクセぇなぁ……」
「せいぜい巧く受け流してちょうだい」
くす、と笑った今日子に何か答えかけた加賀が、ふと動きを止めた。
尻ポケットに突っ込んであったモバイルを取り出して破顔する。
「メール?」
「ん。また新条から」
「なんて?」
「へー、すげーな。ネットニュースのアクセスランキング5位に入ってるってよ」
「わざわざ知らせてくれたの?」
「くれぐれも誤解を招くようなことはするなよ、だとさ」
「心配性ね」
「やさしーんだろ」
「嬉しいけど、でもそんなに気にすることないのに」
「っても、世間はだいぶ大ゲサに反応してるみたいですけど?」
「言わせておけばいいのよ。寧ろ、知名度が上がって有難いわ」
嘯く今日子にシルバーフォックスのストールを掛けてやりながら、加賀はにやりと笑う。
「さっきの記事、ひとつだけいいトコ突いてるかもな」
「どこ?」
「見事な女狐っぷり」
「よく言うわ、」
ふ、と息を吐いて今日子も笑う。さりげなく肩に置かれた加賀の手をぺしんと叩きながら。
「貴方だって結構な狸でしょうに」
「化かし合いだな」
「努力しましょうね。お互い」
誰にも尻尾を掴まれないように。そう、記者にもカメラマンにも、生真面目に気を揉んでくれる新条にさえも。
柔らかな絨緞の敷き詰められたその先に、エントランスのガラス扉が見える。
身を乗り出して待つ幾つもの人影。レンズ。マイク。フラッシュ。レコーダ。強行突破は間もなくだ。
それでも堂々とエスコートされている今日子が、唇だけでにっこりと囁く。
「じゃあ、あとでまた、部屋でね」
さて、リッツにはどうやって入り込もうか、と考えながら、加賀もにんまりと微笑んでみせた。
[2011年1月]