Girls' talk
「あー、たのしぃー……」
うふふふふふふぅ、と語尾を泡のように消えさせながら、彼女はテーブルの上にくずおれた。
磨き上げられた黒いテーブルの表面に、綺麗に化粧された頬が貼り付く。
化粧が剥げるとか剥げないとかはともかく、冷たくないのかな。もう秋も結構深まってきてるのに。
そういえばいつも無条件で「秋色」という言葉を連想させる栗毛色の長い髪も彼女らしからぬ乱れ方をしていて、
同性のあたしが言うのもなんだけど、酔うとこの人、殺人的にエロカワイイ。
「あは、きょーこさん、子どもみたい」
くすくす笑いを零してアキがからかう。今年の春から同僚になった、あたしより一歳若いテレメータスタッフは、
今日のこの席が公式の飲み会ではないことを、「オーナー」という語を封じることで確認しているようだった。
「けっこー、酔ってる? お水もらおうか」
一応声を掛けてみるけど、予想通りに首は横に振られた。うふふ、とまた嬉しそうな笑い声を零して、とろりと目を閉じる。
「いいの、もーちょっとこのまま酔ってたいわ……気持ちいぃ……」
「ずいぶんゴキゲンだねぇ」
「だって、たのしいのよ今日はぁ……」
目を閉じたまま、それこそ子どものように微笑んだ。カワイイのに、妙に色っぽく見えるのが不思議。
なんてゆーか、罪作りだ。
「いっつも、気をつかって呑まなきゃいけないお酒ばっかりなんだもの……」
「あとヤケ酒ね」
ちょっとからかってみると、む、と唇を尖らせて起き上がる。
「そんな、しょっちゅうしてるみたいな言い方、しないでちょーだい」
「あれ、違った?」
「んもう、みきさんたら!」
こっちこそ、きょーこさんたら、って言いたいよ。
呂律の回らない舌でぶつけられた非難の声が可愛くて、思わずみんなで目を合わせて笑う。
女性スタッフばかり3人、たまにはオトコ抜きで美味しいお酒が呑みたいなどと言って、ちょっと奮発して予約した店だった。
行ってみたら案内された座席は4人がけの四角いテーブルだったので、せっかくだからあとひとり、オーナーも誘ってみませんか、
などとAOI2年目のヒナが言い出したのだ。
日頃おとなしいアキも、オーナーと色々話してみたかったんです、などと乗り気だったし、ダメモトのつもりで声を掛けたんだけど。
「ま、楽しんでもらえてるなら光栄」
「たのしいわ、すっごく……」
「今日子オーナーって、プライベートで呑みに行ったりはしないんですか? いっつも接待とか、会食ばっかり?」
問いかけたヒナに、んん、と首を横に振ってみせる。ちょっとだけ眉が下がって、困ったような切ないような顔だ。
「そんなこと、ないんだけど、……あんまり、女の子と、話さないから」
ああ、そうかもな。何しろ彼女の日常の大半は、仕事とレースでできている。そもそも圧倒的に男性スタッフの多い世界なのだし、
仕事「以外」の生活なんてほとんどない彼女だから、確かに同性の知り合いやら友人やらは少ないだろう。
「だからこういうの、新鮮で、うれしいの。……なんか、ふわふわした気分で、」
ちゃんと女の子、してるカンジ、と言って、またずるずるとテーブルに突っ伏した。
んもう、女王さまってば、もーちょいしっかりしてほしいな。アナタほんとは、超極上のオンナノコなんだから。
「じゃあ、また、誘ってもいいですか」
アキが控えめに、でも期待するように訊ねる。
おとなしいけど芯の強い子で、そういや、先陣切って戦っている女性オーナーの姿に憧れてAOIに入ったんだって言ってたっけ。
「ええ、いつでも……先約と残務が、ない限りは……」
突っ伏したまんまふわふわと答える彼女に、思わずみんなで苦笑する。
「んなコト言ったら、誘えないじゃん!」
「……え、どうして?」
不思議そうに呟いて、顔を上げる。
「いっつも残務ありすぎだよ、きょーこさん」
「先約も多いんじゃないですか?」
「……そんなこと、ないと思う、けど……」
そもそもそんなに、誘ってくれる人、いないわ。
そう呟くのを聞いたら、持ち前のイタズラっ気が騒いだ。
「ちょっとちょっときょーこさん、それこそそんなコトないんじゃん?」
酔いが回って潤み気味の瞳を覗いて、言ってやる。
「え?」
「今日だってさ、とーっくに加賀に連れ出されてるかと思ったよ?」
「……ああ、」
加賀くんね、と、ようやく名前を思い出したみたいな顔で瞬きした。普段よりちょっと遅いテンポ。ああやっぱり、カワイイな。
「でもそんなに、しょっちゅうじゃないし……」
「そうですかぁ? 結構よく呑みに行ってるって、聞きますよ」
ヒナがにこにこと否定する。
「そう……かしら」
「そうですよ」
「そーだよ、大事にしてやんなよ?」
大事に?
また困った顔をして、瞬き。示し合わせたみたいに3人でにやりと笑って、口々に。
「だってきょーこさん、考えてみても下さいよ、」
「そーゆー気持ちがなかったら、呑みになんて誘いませんよフツー、」
「そそそそ、そゆことだから、全力で大事にしてやって?」
そゆこと、って、どういう……?
彼女の眉根がきゅうっと寄って、ますます困惑、困り顔。
普段からは想像もつかないほどゆっくりした頭の回転で、あれこれと考えあぐねているのが分かる。ああもう、困った女王さまだなぁ。
「……あ、」
ようやく、何らかの結論に達したらしい。少し輝きを増した目で、彼女は顔を上げて、
「解ったわ、加賀くんて、」
うんうん。やっと分かったか。お節介ながらやけにほっとしたような気持ちで頷いたのも束の間、
「やっぱりちょっと、変わってるのねぇ!」
「「「……え?」」」
異口同音に呟いてしまった。
いや、正確に言うとあたしは「は?」でヒナは「へ?」でアキは「え?」だったけど、まあそんなとこはどうでもいい。
「そうね、見た目からしてだいぶ、ふつーの子とはちがうって、思ってたけど。やっぱりそう、そう、なのね」
「……あの、きょーこさん?」
アナタいったい、どーいう結論に達したの。訝しさをこめた視線で見つめると、彼女はきらきらした瞳で、自信たっぷりに頷いた。
「ええ、もっともっと大事に、するわ。『そういう気持ち』がないのに誘ってくれる、なんて、ほんとに貴重なともだち、よね!」
……うわぁ。そーか、そーきちゃったか。なんで素直に、「そーゆー気持ち」を酌んでやらないかな。
思わず、脱力。……あ、ヒナもアキも、突っ伏してる。
「じゃあ、加賀くんに誘われたらなるべく、断らないように、するから」
空いてるときはどんどん、誘ってちょうだいねみきさん、と、にこやかに言われて。
あたしは加賀のためにひとつ、溜め息を吐いてやったのだった。
[09年9月]