幸せなクリスマス
ジングル・ベルの流れる街、もう何にも悲しいことなんて無い。
寒い。吐く息が白く濁ったのを見て、何とはなしにコートの胸元をかきあわせる。マフラーを巻いた姿もちらほら目に付くようになってきた。故郷ではもう、雪だろうか。
かじかんだ指先を、コートのポケットに突っ込む。がさがさした封筒が触れた。中身は、買いたかった化粧品を我慢して貯めた二万円だ。さあ、何を買おう! すれ違う人々の姿にちらちらと目を走らせながら、頭の中をぐるぐるさせる。
コート。マフラー。手袋……ああ、そうか、傘もいい。食べ物や、すぐ穴が開いてしまう靴下なんかは駄目。やっぱり、出来るだけ長く使ってもらいたい。
どんな色? どんなデザイン? あの人に相応しいものはどれだろう?
寒いけれど、疲れるけれど。十一月の町をひとり歩くのは、こんなに楽しいことだっただろうか?
去年はひとりだった。今年はひとりじゃない。帰れば今日も、あの人に会える。
ジングル・ベルの流れる街、もう何にも怖いことなんて無い。
外に出た途端、冷たい風に涙が出た。眼鏡の奥できつく目を瞑り、マフラーをしっかり巻きつける。冬の朝は辛いけれど、外に出てしまえば爽快この上ない。青空を見上げ、重い鞄を背負いなおした。
バス停から学校までは、案外遠い。長い並木道に、イルミネーションが飾り付けられているのが見えた。ああ、そうか。クリスマスが来る。今夜からは、この長い暗い道も、少しは華やかになるだろう。そう思うだけで帰り道が楽しみになった。
寒い帰り道をひとり急ぐのは、たまらなく厭だったものだが。早く帰りたい、早く家に辿り着きたいと、そればかり思って歩いていた。そうだった、けれど! 今の私にはあの人がいる。私はまだあの人の彼女じゃないけれど、でもまだ誰もあの人の彼女にはなってない!
息が、頬が、熱くなる。世界に鮮やかな光が満ちる。学校に行く。あの人に会える。帰り道を歩く。あの人のことを考える――!
ジングル・ベルの流れる街、もう何にも淋しいことなんて無い。
長く伸びる影に、季節の移ろいを感じる。ショーウィンドに映る光も、温かな黄金色に変わった。秋が終わる。風の冷たさに身震いし、それから立ち止まって軽く背筋を伸ばした。顔を上げる。前を見る。真っ直ぐに続いている道がある。自然に口元が綻んだ。
髪を掻き揚げ、歩き出す。ぼろぼろのスニーカーで、思いっきり大股で。本当は辛いハイヒールで、誰かの腕に縋るようにして歩いていた私はもういない。そう、いないのだ!
ダイエットだって止めてしまおう。無理してスカートで歩くのも止める。手料理を練習したりプレゼントに悩んだり、そんな暇があるなら全部自分のために使おう。
ポケットの中には何枚かの千円札。取り敢えず、安くて美味しい店でも探しに行こうか。ひとりでふらっと入れるような、小さな喫茶店なんてのもいい。
――ガラスに映る私はひとり。ひとりっきりで、胸を張って、躊躇うことなく微笑んで。
ジングル・ベルの流れる街、もう何にも悲しいことなんて無い。
そう、もう、何にも。
[09年7月]