王者たれ(―― You're the king of kings.)


 不自然に不機嫌。そう思った。PPを決めた直後のインタヴューなのだ、もう少し、嬉しそうに答えたっていいだろうに。
 秀麗な面立ちは感情の起伏を必要以上にはっきりと見せてしまうから、機嫌の悪いときの彼には、誰だったって近付きたくないだろう。
 と、思う。わたし以外は。
 ――他人の不機嫌に対して無頓着なのは、自身最大の長所だと思っている。 誰かに遠慮して自分のやりたいことも出来ないようでは、何のために生きているのか分からない。本気で。
 だから、不快そうに眉を顰めたオーナー兼チームメイトに話しかけるのにも、何の遠慮も感じなかった。
「サービス不足」
「…………」
 視線だけがこちらを向いた。頬も唇も動かない。石膏から削り出したような、冷たいほどきれいな横顔。
「ファンやスポンサーに好印象を与えるのも、ドライバーの仕事のひとつ」
「……誰がそんなことを言った」
「AOIの代表者が」
 なるほど、と小さく息を吐くと、漸く表情が動いた。不愉快の中に苦々しさ。勝利に最も近い場所を得た直後なのに、不自然。
「どいつもこいつも、勝手なことばかり言う」
「例えば?」
 周囲には誰もいない。本音はわたししか聞かない。解っているから、訊いている。
 相手の視線は地面に落ちた。いつも自信に溢れている彼らしからぬ、低さ。
「勝てば勝ったで、ドライバーじゃなくカネが勝ったんだなどと嘲う。負ければ負けたで、カネの無駄遣いだと扱き下ろす」
「そうね」
 その通りの論調で書かれた記事を数本、思い浮かべる。ユニオンセイバーについて回る評価。世間的見解。
「で?」
「…なんだ」
「それの何が不満なの」
 苛立ちを含ませた眼差しが、わたしを見る。苛立っていてさえきれいだ。鮮やかで強い、緑。
「事実なら不満を言う権利はない。事実じゃないなら気に病むこと自体必要ない」
「……それは誰が言った」
「わたし」
「…………」
「座れば?」
 如何にも疲れたというように頭を振ったから、促してやる。普段なら立場が逆だとか何とかうるさいところ。
 無言は苛立ちの証。それと、余裕のなさの。素直に腰を下ろしてしまう迂闊さ。新鮮。内心だけでちょっと、笑う。
「『カール・リヒター・フォン・ランドルは、王者ではあるが覇者ではない』」
 ぴくりと肩が動いた。昨日配信されたばかりの記事の中身を、どうやら彼も読んでいる。
「『王者の特権をいくら振りかざそうとも、覇者だけが持てる輝きを得られる見込みはほとんど無い』」
「…………」
「今日はどんな記事かしら」
「『PP獲得は、開発の差であってドライバーの差ではない』」
「そんな風に書かれていたの?」
「予測だ」
 僅かに吐き捨てるような口調。子どもっぽさに笑いが込み上げて、そして今度は、それを隠し切れなかった。
「なんだ、」
「別に?」
「笑っただろう。今」
「少しね」
「何が言いたい」
 むきにならなくてもいいのに。思ったけれど口には出さなかった。代わりに少し、間を取った。
 見ている。不機嫌な瞳。苛立っていてさえ美しい。華やかで深い、緑。
「ばかげてる」
「……」
「『王者ではあるが覇者ではない』なんて。逆」
「逆?」
「『覇者ではないが王者である』。そう言うべきでしょう」
「…………」
「制覇なんてしなくていい。君臨する、だけで充分」
 資金力で。存在感で。圧倒的な、マシンの差で。ドライバーの技量が霞む、と揶揄されてしまう程の、目映い存在感を以て。
「――気にするなんて、らしくないわ」
 ぴくりと眉が動いた。自覚はあるのだろう。だから、こうして反応する。
 観客なんて我侭なものだ。負けているうちは何でもいいから勝てと煩い癖に、いざ勝ち始めると、勝ち方の質がどうのと騒ぎ出す。
 つまらない勝ちばかりだ、と、言われるのを何度も聞いた。圧倒的な「マシンのポテンシャル」。 2位に1秒以上の差がつく予選結果。PPからの、無理も無茶もないスタート。追い付かれず、当たられもせず、無傷で滑り込むフィニッシュライン。
 ――「つまらない」だなんて、よくも言う。
「つまらなくなんかない。あなたらしい。あなたに、ふさわしい勝ち方だわ。……違う?」
「……毎回それで勝てるとは、限らないだろうが」
「勝てるわ」
 そんな反論、認めない。気にもならない。 勝てる。勝つ。君臨する。周囲の雑音なんか、受け流して。
 言い切ったセリフに呆れたように、彼の口から吐息が漏れる。
「大した自信だ。――おまえこそ、まるでどこかに君臨しているようじゃないか」
「当然よ。王者キング女王クイーンは、1セットでしょう?」
 涼しい顔で言ってやったら、漸く彼が苦笑した。細くなる、緑色の瞳。
 そう、戦いの果てに勝利に辿り着くのではなく、初めっから勝利の待つ地平にいる、王者だけが持つ瞳の、涼しさ。
 それを引き出せたことに満足して、わたしは追い駆けるように、笑った。

[2012年7月]