炬燵( ―― One of my favorite things.)


「意外だわ」
「は? 何が?」
「炬燵。買ったのね」
 言いながら今日子は当の炬燵をまじまじと見つめ、身を屈めて天板を撫でた。ダークブラウンの一枚板、派手ではないが上物だ。
 指先を滑らせた感触はきちんとお気に召したのか、怪訝そうだった今日子の顔がふわりと綻ぶ。
「ちゃんと綺麗にしてあるじゃない」
「まー、それなりにな」
 今朝届いたばっかりだしな。という情報は別に要らないだろうから言わない。 今日子が手を洗いに行っている間、預かったコートを掛けてやる。キャラメル色のロングコートは、薄手なのに織り目がこまやかで、如何にも暖かそうだった。 相変わらず、いいものを着ている。
「座っちゃっていい?」
「どーぞご自由に」
 どことなくうきうきした様子で、オフホワイトのセーター姿になった今日子が炬燵に潜り込む。きゅんと細まった目は満足げで、今にも喉がごろごろ鳴り出しそうだ。
「……んなに好きなの、コタツ」
「当たり前じゃない、」
 炬燵への愛は日本人のDNAに刻み込まれてるのよー、などといい加減なことを言い出したのを軽く流して、緑茶で満たした小さな湯呑を今日子の前に置いてやる。 自分の方は適当なマグだが、味は変わらないのだから構わない。
 ついでとばかり炬燵に手足を滑り込ませると、暖まり始めたばかりの空気がじんわりと身体を包んだ。 おお、コレは確かに、DNAレベルでダイレクトアタックされてる感じがしなくもない。かも知んない。
 動けなくなるのももっともだ、と思わず深い息を吐くと、隣の今日子が、うふふー、と笑った。
「なんだよ」
「いいでしょ? 炬燵」
「……否定はしない」
「ふふ。お茶もあるし、お菓子もあるし、蜜柑があれば完璧よね」
「あるぞーミカン。新条の実家から送られてきたヤツ」
「あ、うちにも昨日来てたわ。甘くて美味しかった」
「後で出すか」
「そうね」
 そしてぬくぬくと黙り込む。午後の陽射しみたいに満ちてくる沈黙は、全身の力が抜けていくくらいに気持ちいい。
「……やっぱり意外」
「は? 何が」
「炬燵。こういうのは、置かないだろうと思ってたから」
 さっきと同じ会話をなぞっているようで、ほんの少しだけ違うやりとり。今日子の声音も、体温が上がった分か柔らかい。
「貴方の部屋って、貴方らしいでしょう?」
 言葉足らずな言い方に、返事は返さず今日子を見る。
「初めてお邪魔した時にね、そう思ったの。余計なものを置かないのよね。必要なものと、好きなものしか」
「……へぇ」
 単純だけれど的確だ。聡明なようで鈍かったり、肝心なところで天然ぶちかましたりすることのある今日子だが、やはり人を見る目には確かなものがあるらしい。
「だから、炬燵があるのが不思議だなって」
「いーじゃん。うれしいだろ、コタツ」
「ええ」
 湯気の立つ湯呑を両手で包んで、今日子がそれこそ嬉しそうに笑う。それだけで加賀には充分なのだ。
 必需品と、好きなものしか置かない。それはその通りだ。けれど補足がある。 自分の部屋には、好きな人しか入れない。好きな女しか泊めない。大事な相手しか、受け入れてはやらない。
 炬燵なんてなくったっていいのだ、加賀は寒がりではないし、ガスストーブひとつあれば事足りる。 湯呑だって必要ないのだ、適当に買った大きなマグさえ持っていれば、茶でも酒でも取り敢えず飲める。 それでも部屋に「余計なもの」を増やすのは、つまりはそういうことなのだ。
 そこんとこ、わかってんのかねぇ、この人。……わかってねーか。まぁいいか。三段階の自己完結を手早く済ませて、加賀は手元のマグから緑茶を啜る。
 ねえ後で落花生も出しましょう、おつまみ代わりにちょうどいいわ、いい日本酒を貰ってきたから、お燗の用意もさせてちょうだい…… 嬉しそうに話す今日子の声に頷き返して、加賀は取り敢えず炬燵に深々潜り込んだ。

[2014年1月]