粘膜越しの嘘
うそつきめ、と思いながらいつも絶頂を迎える。
ブラウス越しの想像より遥かに柔らかい乳房に顔を埋め、熱く滑る別のイキモノみたいな下腹に腰を埋め、吸い付くような手触りの尻に両手の爪を埋めながら、奥深くに繰り返し精を注ぎ込む。
昂っていく途中の激しさとは裏腹の、酷く緩やかな反り返りを見せて、彼女はそれを受け止める。きゅ、きゅ、きゅ、と繰り返し締まる粘膜の襞だけが、彼女も確かに達しているのだと教えてくれる。
ああ、そう、そう、これ、これなの。
うわごとのようにうっとりと呟く。
これ、これ、これがほしいの、これがほしかったの、あついのがなかにいっぱい、ほしいの。
光の消えた黒い瞳が揺らめいて、それからたっぷり二十秒の後、彼女は深い吐息を漏らす。満腹になった子猫のような。
吐息の余韻が消える頃には、大きな瞳はいつも通りのきらめきで、オフィスにいるのと同じようになる。
ありがとう加賀くん、すごくよかったわ。
そう言って彼女は微笑んで、感謝の気持ちにキスをする。それから、楽しげに仕事の話をし出すのだ。
さっきの絶頂なんか、全くなかったことみたいに。
――身体だけの関係をよしとするような女ではない。
偶然触れた指に、唐突な告白に、不意に奪われたキスに、あれほど初々しい反応を示した彼女だ。
何年もの間近くにいて、一緒に様々なものを見て、色々なことを経て、それは確信を持って言える。
彼に何度も抱かれるのは、彼を愛しているからだ。そうでなければおかしかった。
身体だけで、快楽だけで、愛してもいない男と寝られる、そんな女ではないのだから。
けれど言わない。決して言わない。愛しているとも好きだとも、逢いたいとも、何とも。切なげに名前を呼ぶこともない。
必要なのは身体だけ。最後の瞬間に撃ち込まれる、あの熱い体液だけ。
彼女の振舞いが示すのはただ、そんなことで。
だから思うのだ。うそつきめ。身体だけだなんて、――そんなはず、ないのに。
次期のコスチュームデザインの委託先を決めて、既に彼女は去ってしまっている。
それでも、腰の奥に残った甘ったるい気だるさに溜め息を吐いて、加賀は灰皿を手元に引き寄せた。
*
うそつきね、と思いながらいつも絶頂を迎える。
見た目の印象よりずっと広い背に手を回し、熱さと重たさを感じさせる胸に縋り付き、強い手に柔らかな肉を握り潰されながら、中に注ぎ込まれる熱い波の数を数えている。
始めるときの軽やかな空気とは裏腹の、怖いほどの強さを持った目で、彼は彼女の絶頂を見ている。く、く、く、と痙攣するように押し付けられるその腰だけが、彼も興奮の頂点にいるのだと教えてくれる。
くれて、やるよ、うれしいだろ。
余裕のない頬を微かに歪めて、笑う。
ほら、なか、これがいいんだろ、これが、これがほしいんだろ、なあ、ほら、いいか、イイか、イイんだろ?
詰るように降りかけられる嘲笑の言葉を吸い込んで、彼女は深く息をする。なぜかいつも、喉が焼けてしまいそうだと、思う。
声の余韻が消える頃には、その歪んだ笑いは収まって、いつものように少年めいた笑顔に戻る。
あいかわらず、スキモンだよなぁ、きょーこさん。
そう言ってからりと笑い、感謝のキスを受け止める。それから、面白そうに彼女の顔を覗き込むのだ。
さっきの絶頂なんか、全くなかったことみたいに。
――ひとりの女に甘んじているような男ではない。
世慣れた人懐こさも、厭味のない軽口も、陽気な立ち居振る舞いも、縛られるのを嫌う生き方の表れだ。
何年もの間一緒にいて、隣で様々なものを見て、色々なことを経て、それは確信を持って言える。
何度も繰り返し彼女を抱くのは、彼女を愛しているからだ。そうでなければおかしかった。
身体だけなら、遊ぶだけなら、ひとりに深入りするような野暮ではない。そういう男なのだから。
けれど言わない。決して言わない。愛しているとも好きだとも、受け入れて欲しいとも、何とも。優しく名前を呼ぶこともない。
欲しがるからくれてやるだけだ。あんたがそうしたがるだけだ。
彼の態度が滲ませるのはただ、そんなことで。
だから思うのだ。うそつきね。身体だけだなんて、――そんなはず、ないのに。
今期のコスチュームデザインに対する的確な批評を土産に、部屋を立ち去ってもう二十分。
それでも、腰の奥に残った淫靡な熱を意識して、今日子は小さく身を震わせた。
[09年7月]