モノクロームの恋人
単なる好意なんかじゃなくて、あれは確かに恋だった、と、思う。
彼は高校のクラスメイトだった。薄い銀縁の眼鏡が良く似合って、端整な柔らかさで笑うひとだった。何のきっかけがあったわけでもなく、ただ自然に親しくなって、疎遠なのに親密な友情は卒業後十年が経っても続いていた。
泣いても惚気ても、愚痴っても取り乱しても、彼は黙って相手をしてくれた。こっぴどく振られた私に、これでもかというほどケーキを奢ってくれた。際限なく惚気る私に、自分の彼女の話を聞かせてくれた。柔らかな、静かな優しさで。
色で表すなら白、或いは黒。端整で温かな無彩色。読みなれた文庫本のように、少し退屈で、すっと肌に馴染む。
彼には恋人がいた。それも、三年越しの。
私にも恋人がいた。それも、片手では数え切れないくらいの。
そんなことはどうでも良かった。
前触れもない夜中の電話。突然に届く一枚の葉書。年に何回かの「デート」。
たったそれだけの、私たちという関係。
それでも、還ってくるのはこのひとのところだと知っていた。今まで抱き合ったどんな男よりも、彼となら深く繋がれる。唇を触れたことすらないのに、当たり前のようにそう思っていた。多分、彼の方も。
なぜだか、還ってくるのはこのひとのところだと知っていた。分かっていた。思っていた。
いた、のだ。
突然の電話は、トンネル内での列車事故と、彼の即死を告げるものだった。
目の前が音もなく白くなった。
――私は、どこに還ればいい?
葬儀の日は、薄明るい曇り空だった。彼の遺影を見て私は笑い出した。不謹慎だと思いながら、笑いを止められなかった。
似合っていた。
柔らかなモノクロームの写真。
真顔なのに、少し照れたように困ったように見える目元にしっくり馴染む。彼そのものの、優しい無彩色――。
神さまは粋だ、と思った。なんて残酷で、なんて美しい終わり方! 私の恋は終わったのだ。始まりもしないうちに、確信以上の予感を感じていたのに。まだ見えない未来は、現実になると信じていたのに。
――ねえ、私、一体どこに還ればいいの?
やがて色のない夜が来て、私は白い布団に潜り込む。そして、優しいモノクロームの夢を見るのだ。
もういないあのひとの匂いを抱き締めて。
[09年7月]