謎一題
どうしても、解けない謎がある。いくら覗き込んでも、暴けないひとつの秘密。
当たり前のように抱きながら、その不思議さに目眩がする。
どうして。
壊れてしまわないのだろう。
「ん、」
か細い悲鳴をシーツに押し付けて、みきが震える。
目の前の汗ばんだ項は細く白く、強く噛んだら折れてしまいそうなくらいに見える。
だからそっと、出来るだけそっと歯を立てる。かぷりと。親猫が、仔猫を咥えて運ぶみたいに。
「ひぃん!」
電流に打たれたようにびくりと身体を強張らせ、みきは短く悲鳴をあげる。
深く埋もれている内側がぬるりと締まって、知らず呻き声が漏れる。
みきは後ろから抱かれるのが好きだ。いや、はっきり彼女の口から聞いた訳ではなく、勝手にそう判断しているだけなのだが。
しなやかな背中のラインに魅せられて、後ろから抱き締めてみたのが最初だった。
手の中にすっぽり収まるか細い身体と、ちょうど唇に触れる白い項に、痺れた。
項を甘く噛んでやると、びくんと震えて脱力する。それこそ猫のように。
それが酷くいやらしく思えて、その一回ですっかり虜になった。
だからいつも、最後は後ろから覆い被さるようにして抱く。
「ん、あ、あぅ、」
噛み付いた項から、舌を這わせて耳朶をなぞる。薄く赤く染まった縁が、湯気を立てそうなくらい熱くなっている。
今更。前戯の段階など疾うに終え、深く繋がってから既に数度、彼女は絶頂を済ませているというのに。
それでも、何かを期待するように、過敏なくらい可憐な反応。
「みき、かわいい、」
「あ、う、」
囁いた声に、反論することも笑い返すことも出来ないらしい。ただ、頬を熱くしながら喘ぐだけだ。
みきは、感じ始めると無口になる。最初のうちは、それが不快の表明なのではないかと思って戸惑った。
今は違う。零す吐息や途切れ途切れの呼吸や、しがみついてくる腕の強さから、みきが快感に溺れて行くのを感じ取れるようになった。
浅い絶頂を幾つか繰り返しながら、みきはだんだん昂っていく。
気の強い眼差しも、きっぱりとした物言いも影をひそめて、じわじわ融けて行く身体を言葉少なに委ねてくる。
「力、入らない?」
「んぅ……、」
余力が残っていないのは体内も同じだ。ぐちゅりと内側を擦り付けるように動かしても、最早激しい反応はない。
代わりに、融け落ちる寸前まで柔らかくなった粘膜が、ぬるぬると絡み付いてくる。
「いい、すごく、かわいい、」
「ぅん!」
奥まで乱暴に押し込むと、声が苦しげに跳ね上がる。頭の片隅で、ごめんな、と思う。
それが快感だけでなく苦痛を伴うものであることを、本当はちゃんと、知っているから。
けれど止められない。ここまで来たらもう、その苦しげな表情さえ抑止力にはならない。寧ろ煽られるだけだ。
「ナ、オキぃ、」
「なに、」
「も……、こわれ、そ……」
「もっと?」
囁いて、絡めていた腕を一度、解いた。手のひらで、抱いているみきの身体を撫で回す。
汗に湿って、それでもさらさらと滑らかな肌。滑らせた手のひらが胸の丸みを捉えて、ぐい、と掴む。
「あっ……!」
明確な苦痛を含んだ悲鳴。けれどそれ以上に、快感に追い上げられているのが分かる。
手の内側に感じる小さな突起は切なげなくらい硬くて、その感触が余計に男の本能を刺激する。
「みき、みき、かわいい、」
決して大きくはない胸。初めて触れたとき、その慎ましやかな柔らかさに、脳髄がじんと痺れたのを覚えている。
目立つほどの大きさではない分、自分ひとりだけに許されたもののような気がして、嬉しかった。
そう、みきはかわいい。みんな知らないけど、すごくかわいい。
征服欲に似た愛おしさに背を衝かれて、抱き締めた腕に力をこめる。
「や、ぁ、ぁ、ナオキぃ、こわれる、」
「やじゃないだろ、」
乱れた赤い髪に、頬を擦り付ける。汗の甘い香りがする。乾いた草と日なたの匂いに似た、懐かしいような匂い。
機械油と金属の、強い匂いの奥底にいつも、ひっそりと隠されているみきの匂いだ。
おれだけだよな。不意に思う。
みきの匂いも、こんな声も、知っているのはおれだけだよな。
背骨の芯を駆け上がる、ぞくぞくするような充足感。電流のように興奮と絡んで、身体の動きを加速させる。
「あっ、あっ、あ、ああ、」
衝かれるたびに、みきの唇から声が零れる。切羽詰った、制御出来ない喘ぎ。
声の隙間を埋めるように、腰のぶつかる音が響く。
薄い、細い身体なのに、驚くほど柔らかい肉だ。打ち付ける腰がぐちゅ、ぐちゅとそれを押し潰す。
「やっ、……あ、こわ、れ……ちゃぅ、」
みきの絶頂が近い。
うわごとのように、壊れる、壊れちゃう、と喘ぐようになるのは、もっと激しく追い詰めてほしいという訴えなのだと知っている。
今まで以上にきつく抱く。捩じ込むように、先端を奥に叩き付ける。喘ぎ声が、どんどん悲鳴に近くなっていく。
目の前にある項が、がくがくと揺れる。それこそ折れてしまいそうに。
なのに。どうして、壊れてしまわないのだろう。
こんなに華奢な腰なのに、こんなにかぼそい背中なのに、こんなに薄い肩なのに。
どうして、受け止められるんだろう。この、気が狂いそうなくらいの興奮を。
「ナオキ、ね、ナオキぃ、いっ」
切なげに目を細めたみきが、微かに振り向く。
「イきそう、なの? ねぇ、ナオキ、イきそう……、っ?」
恍惚とした眼差しで、それでもみきは感じ取っている。奥深く差し込まれる塊の、根元をびくんびくんと駆け上がっていく震え。
「あ、ああ、いく、もう、おれも……」
「出し、て、あ、中に、もう、ぅ、お願い……!」
「いっ……」
応える前に、波に押し流された。強く噛み締めた奥歯の間で、言いかけていた台詞は潰れた。
理性を失った、呻くような声だけが、漏れる。
「…………!」
声も立てずにみきが痙攣する。今日何度目かの――確か、5回目だったと思うが――絶頂。
猫が毛を逆立てるように、湿り気を帯びた髪が広がる。全身の毛穴がさあっと開いて、甘い香りの汗を浮き上がらせる。
どろどろに緩んでしまった筈の粘膜は強烈に縮み上がって、呑み込んでいるものを締め付ける。
「く……ぁ……!」
寒気がするほどの快感だった。壊れちゃう、と啼く癖に、いつもこっちが持って行かれそうになる。
「あぅ……」
なんて。なんて不可思議で、魅力的なんだろう。
力の抜けた身体を背後から抱いたまま、考える。
こんなにもかぼそくてこんなにも儚げな、それなのに酷く強かな、女という生き物。
――いつだって、今度こそ、と、思うのだ。今度こそ、その秘密を見極めてやろう、と。
けれど駄目だ。触れ合ってしまえば、強固だった筈の理性は直ぐに吹き飛ぶ。
かわいい、いとしい、ほしい、だしたい、そんな言葉しか頭の中には残らない。
……あたま悪いよな、おれ。
蕩けてしまった頭の片隅で呟いて、それから思わず苦笑した。
多分、自分だけではない。惚れた女を抱いている時には、どんな男だって莫迦なのだ。
「ナオキ……?」
その惚れた女が、どこかへ飛んでいた意識を手繰り寄せて、ゆっくりと目を開いた。甘く潤んだ瞳の奥に、覗き込む自分が映っている。
「どしたの……なんか、あった……?」
「いや、何も」
笑ってやり、重たい腰をどうにか引き剥がして、後始末を終えた。
あれだけ溺れてしまうと当分みきは動けない。それを承知しているから、少し待ってから零れ出たものもすべて拭いてやる。
一段落つけて隣に転がると、至近距離でみきが瞬いた。まだ強さの戻らない、猫に似た瞳。
「みきの方こそ、大丈夫だった?」
「……なにが?」
「んと……苦しかったかなと、思って。加減してるつもりなんだけど、それでも結構、やりすぎちゃうから……」
半分以上嘘だ。加減するつもりで臨むのだが、実際には全く手加減出来ていない。正確に言えばそうだった。
それでも、みきは笑った。お見通しだ、という顔。
「バカ、手加減なんか、いらないってば、」
「……無茶すると、本当に壊れそうじゃないか」
「壊れたってへーき」
「平気な訳ないだろ、」
まだ重たそうな身体を少しだけ引き起こして、みきが唇を重ねてくる。目を細めて受け止める。
「ナオキがしてくれるなら、大丈夫だもん、」
「……よく解らないんだけど」
「ばーか、」
そのままくたりと抱き付いて、みきは仔猫のように喉を鳴らした。汗の感触は気にならないのか、首筋に頬を擦り付けてくる。
「あたしはナオキのだよ……?」
「ん、」
普段なら死んでも言わない台詞。ベッドの中、理性をどろどろに融かし尽くしたこの時だけの台詞だ。
抱き締めて、汗ばんだ小さな頭を撫でてやる。
「だから、ナオキのなら全部、大丈夫……ちゃんと、ぜんぶ、引き受けてあげる」
「……うん」
何が、だから、なんだか。ちっとも理由になっていない。苦笑しながら、それでもやはり、嬉しかった。
秘密なんてどうでもいい。当たり前のように抱く度に、いつも通りに思い知るだけだ。
心底、惚れ切っているということ。
そしてやっぱり、女は永遠の謎だということ。
(女――この生きている謎を解き明かすには、それを愛さねばならない)
ふいと脳裏を過ぎった響きに、誰の台詞だったかな、と考えながら目を閉じた。
いくら愛しても、それでも解けない謎を抱いて眠れることを、とても幸せだと、思った。
※「女、この生きている謎を解く為には、それを愛さなくてはならない」アンリ・フレデリック・アミエル
[2010年6月]