そんなものかもしれない(―― It makes us happy.)
「ごめん、待たせ」
た、って言いかけて、思わず足を止めてしまった。
顔を綻ばせかけていた新条が、怪訝そうに首を傾げて、それから視線を辿るように振り向く。
「…うわ」
「うわぁ、だよね」
どちらからともなく頬を寄せるように歩み寄って、女学生のようなひそひそ話。
「相変わらず凄い恰好だな」
「1km先からでも判りそう」
「隠れようなんて気は全くないんだろうなぁ…」
そういう新条も隠れようなんて気はないのだろうが、どうも華がないというかオーラがないというか、
もしあんな服装をしていても新条なら何故か目立たないんだろうなー。などという感慨は落ち込ませてしまいそうなので黙っておく。
待ち合わせ場所は、繁華街のど真ん中。別々に来て合流した方が、見知った顔にぶつかってあれこれ取り沙汰される可能性が低いだろうと思っての毎度の取り決めだ。
尤も、新条とみきが親しいことくらいは周知の事実で、身内に見咎められても最早どうってことないのだけれど、そこらへんが気になるのは国民性というものである。
(どちらかというと交際程度を見せびらかすくらいがこの商売の界隈では伝統的だとしてもだ!)
そうしてこっそり落ち合って、これから夕飯を食べに行くはずのみきと新条との、視線の先には加賀が居る。
見るからに手持ち無沙汰という顔で、歩道の脇の鉄柵に、退屈そうに凭れかかって。
如何にも誰かと待ち合わせている風情だが、その辺の事情はどうでもいい。視線が外せないのは、加賀の恰好が格好だからだ。
「…どこで買ってくんだろあんなの」
「どこの店でも見かけたことないぞ」
目に鮮やかな、まるで自ら発光しているみたいなライムグリーンのTシャツ。
タイト過ぎるんじゃないだろうか、小柄でスマートな印象の強い加賀でさえ、胸元なんか張り詰めて見える。
「つーかブーツ? この暑いのにブーツなの? しかもあんな色?」
「暑いの苦手だって公言してる癖にな」
捲り上げた半袖、無防備なくらい露出の高い上半身の癖に下半身は、ごつごつした生地のジーンズの裾を、丈の短いブーツの中にねじ込むみたいにした強気の着こなし。
しかも、ショート丈のブーツの色が、ピンクだ。ピンク。
「派手だな」
「ハデだね」
言わずもがなのことをどうしても言葉にして確認せずにはいられないくらい、そう、ブリード加賀というのは、人目を惹く男なのだ。
退屈そうに落とされた視線。周囲の注目が集まっていることなど気付きもしていないというように、小さく溜め息を吐いて、潰れた煙草の箱を取り出す。
崩れた服装には不釣り合いな無骨なオイルライターも、顔立ちを少し幼く見せる大きな目も、何故だか綺麗にまとまっていて、
ゆらりと立ち昇る煙の所為ばかりではない、どこか近寄りがたい雰囲気を感じてしまう辺りが不思議ではある。
「誰か待ってるっぽい?」
「だろうな」
「予約してる店が一緒だったりしたらちょっとヤだね」
「ありえそうだから言わないでくれ…」
不幸体質のでっかい看板を背負った新条がげんなりしたような返事をかぶせてくるのがおかしくて、みきは自分で振った話題に自分で笑った。
「ま、ないでしょ。新条と加賀じゃ、基本的に好みかぶんないし」
「…そうだな」
レースだけでなく生活一般まで、対照的と言ってもいい二人である。今日だって、新条の恰好ときたら!
上品と言えば上品だが、いや、着る人によっては実際上品に映るのだろうが、とにかく新条が着れば“地味”の一言に落ち着いてしまう。
そんなことがやっぱりおかしくて、どうしても笑いが込み上げてしまうみきである。
「何時っつったっけ? 予約」
「19時半」
「じゃあぼちぼち動かないとねー」
――なんて言いながら、やっぱり気になってしまうワケで。視線が引っ張られる。生まれ持っての吸引力、いるだけで発散される存在感、
派手な格好なんてどうでもいいって言いたくなってしまうくらい、人目を惹く華のある同僚。
ちらりと向けた視線の先で、加賀が、ふっと顔を上げた。
「――あ、」
「やっぱし」
こんな喧噪の中でさえ、彼女の足音は威勢よく鳴り響いて聞こえる。気がする。
人混みを涼しい顔で通り抜けて来たみたいな人影は、AOIの名物女社長、葵今日子その人で、退屈そうだった加賀の顔に、みるみる生気が戻っていく。
ひょい、って音が聞こえそうなくらい、軽い身ごなしで鉄柵から身を離す。一歩、二歩、三歩、踏み出すたびに微妙にテンポが速くなる。
うん、犬だな。飼い主を出迎えに玄関先まで走ってくる犬。見た目は随分派手だけど、中身は結構、忠実だ。
「予想通りだったな、相手」
「うん。まー生き生きしちゃって」
交わす会話の内容までは、この距離では流石に聞こえないが、時折笑い声があがっているらしい様子なのは判る。
火を点けたばかりだった筈の煙草はいつの間にやら始末されていて、代わりに、当たり前のように今日子の重たい鞄を引き受けていたりして。
「……忠犬だな」
「あ、おんなじこと考えてた」
ひらひらした裾にじゃれつくみたいにして、半歩遅れて加賀は今日子についていく。
浅い紺色のワンピース、麻混なのか、見るからに涼しげな風合いの美しいそれは、今日子がさばさば歩く度、すんなりしたふくらはぎが覗く絶妙の丈とバランスだ。
「しっかし、すごい取り合わせだよな…」
「どこの店で食べる気なんだろーね」
ドレスコード有要予約、の店にでもそのまま入って行きそうな今日子と、繁華街の猥雑な灯りの下こそが似合いそうな加賀、
思わず目を擦りたくなるような組み合わせの二人は、それでもごく当然みたいな顔をして、笑い交わしながら歩いてゆく。
「…でも、馴染んでるね」
「うん」
隣にいるのが当たり前だって、たぶん二人とも思ってるから。
「いいね、ああいうのも」
「うん」
ああいう風になれるかな、なんて言うのは、どうも立場が逆なんじゃないかという気はするけれど。
「おっと信号! 点滅してる!」
「走ろう!」
取り敢えず今は、隣にいるコイツのことだ。当然みたいな顔をして、さっきの加賀を思い出して、みきは半歩後ろの新条の、少しだけ熱い手を握った。
[2015年5月]