ひとつ年上


 忙しい一週間だった、今週も。週末を控えた夜だというのに、帰宅はやはり22時をとっくに過ぎてしまった。
 遅い夕食を終え、ソファに身を沈めて海外ニュースを眺める。テーブルで新聞を広げていた加賀が不意に振り向いた。
「な、きょーこさん」
「え?」
「日曜日ヒマ?」
 日曜日。それはつまり、明後日ということだろうか。頭の中でぱらぱらと手帳をめくり、書かれている項目を確認する。
「……暇、ってほどでもないけれど、別に大した予定はないわ」
「じゃ、どっか行こーぜ」
 当たり前のように言う。
「……どうかしたの?」
「えー?」
 大袈裟な驚きの声をあげ、新聞をそこらに放り出すと、加賀は今日子の隣に腰を下ろした。
「来週誕生日だろ、きょーこさん。ここで祝わねーでどーすんだよ!」
「……誕生日……」
 思わず眉が寄る。
「あれ? なんで不機嫌?」
「誕生日なんて、嫌いだわ」
「どーして! 祝ってもらえるうちは素直に喜んどきゃいーのに」
「貴方らしい価値観ね」
 笑って、それから今日子は小さく肩を竦める。
「気にしなければいいって、理屈では分かってるんだけどね」
「何を?」
 自分の胸を指差して、
「『1995年生まれ』で、」
 それから加賀を指差して、
「『1996年生まれ』。でしょ」
「それがどーしたっての」
「辛うじて同じ年齢でいられる半年間が救いなのに、あと数日でまた、ひとつ年上に戻っちゃうんだわ、って」
「オンナノコはたいへんデスネー」
 しみじみと、けれど欠片の真剣さもなく呟いている加賀を横目で見ながら、今日子は頬に手を当てる。
「……貴方と付き合ってる限り、この憂鬱はついてまわるのよねぇ……」
「ってちょっと! だから別れるとか言ったら泣くぞ!?」
「泣くことないでしょ」
「じゃあ喚きます」
「それもやめて」
「じゃあ甘える」
「……好きにしたら?」
 うひひ、と笑うと器用に今日子の太腿辺りに倒れ込む。
「あー、落ち着くー」
「ほんとに甘ったれね」
「甘ったれはキライ?」
 真下から見上げてくる黒い目は、不敵なくらい楽しげだ。だから、今日子も笑ってやる。
「貴方なら、嫌いじゃないわ」
「うわぁ、殺し文句」
 キスの代わりに指先で今日子の唇を撫でて、加賀は嬉しげに目を細める。
「……『ひとつ年上の女房は金の草鞋を履いてでも探せ』」
「え?」
「『姉さん女房は蔵が建つ』なんてのもあったっけな。あと、『姉女房は身代の薬』とか……」
「……貴方って、時々変に知識が豊富よね」
「時々でもないし、変でもないって」
「そう?」
「こー見えてしっかりモノですよ、俺は。だから今日子さんと付き合えてる」
「よく言うわ、」
「自慢の姉さん女房です」
「女房じゃないわよ」
「実質そんなもんじゃん」
「……そう見えるかしら」
「うれしい?」
「嬉しいって言わせたいの?」
「うん」
 躊躇いなく頷くので、今日子は却って照れてしまう。
「……なんだか、くすぐったいわ」
「似合うもんなー、『姉さん女房』って響き」
「ほめられた気がしないわね」
「褒めてるって」
「ほんとに?」
「うん。あと、惚れてる」
「…………」
「あー、赤くなった」
「……すぐ調子に乗る!」
「かわいい?」
「可愛くない」
「んなコト言わねーで、かわいがってよ」
「ベッドで、って言いたいのかしら?」
「ソコでは俺がかわいがってやる側」
「生意気だわね」
「今はまだ、同い年だろ?」
「都合のいいときだけそんなこと言うんだから」
 まぁまぁ、と今日子の上半身を引き寄せると、嬉しげに額にキスをする。
「同い年のときでも、ひとつ年上のときでも」
 腰に手を回して、キスを眉間に、鼻先に、そして唇に落としながら。
「いっぱいかわいがってよ、俺のこと」
「甘ったれね、」
「――俺もいっぱい、かわいがるからさ」
 分かってるわ、と答える代わりに、今度は深く唇を重ねる。
 点けっ放しのテレビの中から、週末は晴れだと伝えてくる声が聞こえた。

[2010年10月]