夏と花火と時間外


 花火の音も消えて深夜、もうすぐ日付が変わりそうだ。華やかで質のいいエンジンの音が窓の外を掠めて、本能的に耳をそばだてる。
 ああ、知ってる音。あれはうちの――。
 思いを不意に断ち切るように、ブレーキの音。あれ、と思う間もなく、携帯電話の呼び出し音。
 まさか、と思いながら受話器を耳元へやり、窓際に立つとやっぱり、予想通りに彼がにやにやしている。

 花火大会の夜だってのに、一部屋だけ灯りが点いてっからさぁ、ぜってーきょーこサンだと思ったんだよなぁ。
 あらそう。尊敬と信頼を勝ち得て、喜びの念に耐えませんわ。
 冷たくあしらいながらも彼女は、ふ、と彼の肩口に顔を寄せる。
 ん? ……どーか? 
 フローラル・ノート。
 へ? 
 花の香りの、香水のことよ。
 …………。
 百合と、ジャスミン……アナイスアナイスね、これは。
 …………。
 彼女、どうしたの?
 ……怒って帰った。
 怒らせたの? 
 電話したから。
 え? 
 いや、だから。あの灯り、ぜってーきょーこサンだと思ったらさ、思わず電話しちまったの。断りもなく、イキナリ。
 ……呆れた。隣にいるのに、他の女に電話されたら、そりゃ怒るわよ。
 だよねぇ。
 …………。
 …………。
 ……ほんと、呆れたわ。
 呆れられついでに言ってみるんだけどさ、
 と、彼は笑って、
 可哀想な俺を、慰めてくんない? 
 お断りしますわ、と、彼女も優雅に笑うのだった。


[09年7月]