パパというより


 チャイムの音に、騒がしく遊んでいた子どもたちが手を止めた。
「おかーさん! 来た!」
「そうみたいね。悠、叶、出迎えてあげてくれる?」
 はーい!と弾んだ声をあげて、少年たちは玄関まで駆けて行った。 鍵を外し扉を開けると、見慣れた顔が風呂敷包みを持って立っている。
「やあ、ユウくん、キョウくん。こんにちは」
 切れ長の瞳に優しい色を乗せて、訪問者は微笑んだ。少年たちが飛びつく。
「しんじょーくん、こんにちは!」
「コンニチハ! ね、今日はすぐ帰っちゃったりしない?」
「ああ、大丈夫。たーっぷり遊べるぞ」
 やったぁ! 歓声をあげて飛び跳ねる。 これ、お土産、と渡された風呂敷包みを受け取って、それから漸く少年たちはもうひとつの人影に視線を向けた。
「あ、かがくん、おかえり」
「おかえりー」
「……ただいま」
 ぶすっと返した返事を聞くでもなく、子どもたちは母親の待つキッチンへと駆け戻っていく。
「……あいつら……」
「元気だなー、二人とも。今日子さん、お邪魔します!」
 奥に一声かけてから、新条は脱いだ靴をきちんと揃えて上がった。 ハイカットのスニーカーを乱雑に脱ぎ散らかして、加賀もあとから上がる。
「いらっしゃい、新条くん。今日は、みきさんたちは?」
「皆して埼玉の方に帰ってるんです。明後日まで。おれは留守番ですよ」
「じゃあ、今は独り暮らしに逆戻りって訳ね」
 笑うと、今日子はキッチンの奥の冷蔵庫に目を向けた。
「せっかくだから、夕飯を一緒にどう?」
「え、いいんですか?」
「平気よ。材料には余裕があるし、子どもたちも喜ぶと思うし。多めに作っちゃうわ」
「しんじょーくん夜までいるの?」
「やった! しんじょーくん、いーっぱいあそぼ!」
 聞きつけた子どもたちが歓声をあげる。
「こら、悠も叶も、飛びつかないの!」
「あはは、相変わらず元気だな」
「ごめんなさいね、騒がしい子たちで……」
「いや、大丈夫ですよ。うちは女の子ばっかりなんで、かえって新鮮なくらいです」
 手を洗ってきますね、と断って、新条が席を立つ。
「しんじょーくん、終わったらテレビのとこ来てね! KOF2035買ったんだ!」
 はしゃいだ声で言いながら、少年たちはばたばたとテレビの前へ駆けて行く。
「加賀くんも、手洗いうがいはちゃんとしてね。おかえりなさい、ひさしぶり」
「…………」
「あら? 不機嫌ね?」
「…………なんでウチの子たちは俺より新条の方に懐いてるんでしょーか」
 土産の箱を開けて、あ、芋羊羹だわ、と嬉しそうにしてから、今日子はからかうような笑みを浮かべた。
「妬いてるの、加賀くん?」
「……俺がオヤジなのに」
「だって貴方、滅多にうちにいないんだもの」
「だからってなんで新条……」
「貴方より、うちにいる日数多いかも知れないわね、確かに」
「ってマジで!?」
「冗談よ、流石に」
「……悪趣味だ」
 思わず脱力する。今日子は微笑んだまま続けた。
「でも、よく遊んでくれてるのは本当よ。最近はふたりともゲームに夢中だから、尚更新条くんが相手してくれると嬉しいみたい」
「……どーせ俺はゲーム音痴ですよ」
「というより、新条くんが上手過ぎる気がするけどね。いつやってるのかしら」
 同業の忙しさが解るだけに、不思議だ。 戻って来た新条にコントローラーを渡し、早く早くとせがんでいる子どもたちを見ながら、 加賀はまだ理解しがたいとばかりに眉を寄せている。
「ほら、いつまでもそんな顔してないで。いいじゃない、貴方は貴方、新条くんは新条くんでしょ?」
「……きょーこさんは新条に乗り換えたりしないでネ?」
 わざとらしく瞳を潤ませた加賀の頭を軽く叩いて、今日子は呆れ顔になった。
「バカ言わないの。悠も叶も、乗り換えたりしてないわよ。堂々としてて頂戴」
「……だいたい、『しんじょーくん』『かがくん』って同列なのが釈然としねーよな」
 まだ言うの?と肩を竦めて、不満顔の加賀の瞳を覗き込む。
「『パパ』って呼んで欲しいなら、呼ぶわよ?」
「……それはそれでなんかしっくりこないっつーか……」
「じゃあ、いっそ『ジョー』って呼んであげようかしら」
 なんで?と問うより早く、加賀を指差してにやりとする。
「うちは、子どもが三人いるのよね。悠一郎、叶二郎に、城太郎でしょ?」
「って、きょーこさん!」
 勘弁してくれよぉ、と情けない顔をした加賀に、今日子は盛大な笑い声を立てた。

[2010年4月]