超言語コミュニケイション


 緑間真太郎は背が高い。
 何を今更、って程度の事実だけれど、人は慣れてく生きもんなので、毎日毎日ひたすら緑間の近くにいる俺にとっては、その身長を意識する場面自体めったになくなっていた。 ましてや周囲にいるのは同じく長身のバスケ部員ばかりなんだから、いい加減フツーに思えてもくるってもんで。
 けど、違った。フツーだとかやっぱり勘違いだった。平日の都内、人で溢れ返る歩道の上で、頭ひとつ分飛び抜けた緑間の長身は、否応無しに目立っている。
 振り仰げば、小春日和と呼びたくなるような陽射し。天候に恵まれてよかった。 都内の有名大学を、引率教師と生徒十数名とで巡る、秀徳伝統の大学見学会は、健気にも電車移動+徒歩のエコノミー&エコロジー方式だからだ。
 午後3時、先程4校目の見学を終え、残すところはあと1校。最寄り駅から2駅東に移動して、そこから徒歩で10分弱。 いい加減足が痛い、とぼやくクラスメイト(と担任)を尻目に、緑間はいつも通りの涼しい顔をしている。
 よくも悪くも、緑間は異質だ。必要以上に整った顔立ちと相まって、世間一般の高校生とはちょっと――どころではない、随分違うように思われがち。
 ……それにしたって、典型的学生服である学ランを着たこの状態では、一応一般的男子高校生に見えると思うんだけどなー。
 そう、思うんだけど、銀に近い金髪の女の人は、くしゃくしゃになった地図を片手に、まっしぐらに緑間に向かって歩いて来る。 隣にいる俺らにも、一緒にいる担任にも、ひとっかけらの目もくれず。
「Excuse me, but,」
 あ、やっぱり緑間に話しかけた。
「Could you tell me how to get to SHIN NIHON KOH-GYO building?」
 流暢な――当たり前か、実に自然な英語。通じるかどうかなんて懸念も配慮も綺麗さっぱり感じられない、ナチュラルスピードでの発話だ。 話しかけられている相手は間違いなくこれで理解してくれるはずだと信じている、何の根拠もない自信。
 まあ緑間だからな。確かに、「日本人離れしている」と表現してもいいような容姿だし。 白皙なんて言葉が似合うキレイな肌、すうと通った形好い鼻筋、光の加減で緑色がかって見える、色素の薄い髪の色、そして、純度の高すぎる、不思議な色の瞳。
 でも、緑間は日本人なのだ。国籍的にも遺伝子的にも、文化的にも経歴的にも。 母語だって日本語だし、昔海外にいたことがあるなんて話も聞いたことないし、残念でしたねおねーさん、ソイツに訊いてもダメですよー?
「……I'm afraid I'm a stranger here, but let me see that... yeah, the map you have.」
 あ、すいません、俺が間違ってました。彼女の根拠のない自信大当たりです。めっちゃナチュラルな英語の返答でした。緑間の反応。
 渡された地図を、見えやすいようにって配慮からか、ちょっと低めの位置に持ってあげているところがなかなかの紳士っぷりでさえあったりして。
「I'd like to arrive at the office by 3 o'clock, but I don't know which way I should go.」
「Let me see...OK, the building you want to visit is here,」
「I think I'm here now, am I right?」
「No, we're... here.」
「Oh, really? I've made a mistake!」
 指し示された場所にすいと目を近付け、重ねるように指先を添えて、頷く。あー、何だろ、妙に扇情的。覗き込む金髪の小さな頭が、緑間の手元にやけに近いからだろうか。
「So, firstly, you should go straight for 3 blocks along with the main street,」
「Ah, then I should turn left and go straight more 2 blocks, shoudln't I?」
「Right. And then, it will be on your right, next to a bank... between a bank and a movie theater.」
「I see.」
 会話の速度が速くて、内容があまり聞き取れない。左だの右だの、2つだの3つだのといった単語はなんとなく判るけど、詳細に関してはさっぱりだ。
「Do you think you can get there?」
「Sure. Thanks a lot.」
 つーか会話滑らか過ぎだろ。日本人がニガテな「英会話」は、内容が判る判らないとかの問題だけじゃない、難しいのは「発話する」ことなのだ。 それをまあ、よくもここまで。たかが高校一年生が。
「Never mind. Have a good visit.」
「Have a nice trip, you too! Bye!」
「Thank you. Bye.」
 ひらりと手を振った金髪に、珍しくも微笑みかける横顔はそれこそ高校生とは思えない余裕と優雅さで、思わずほうと溜め息が漏れた。
「……はっ、しまった、オレ今一瞬緑間に見惚れてたわ不覚!」
「おれもうっかり惚れるかと思った!」
「うん、俺もうっかり惚れるとこだった! つーか惚れた!」
「って先生なに混じってんですか」
「だって俺英会話とか全然できねーもん」
「うわー曲がりなりにも教師が言っちゃうー?」
「オレの記憶が確かなら、うちの担任の担当教科は英語なんですが」
「That's right!」
「そんなとこだけ英語で言ってもダメっすよ先生!」
 ああ、穏やかな日差しの中、真っ黒な学ランの一群がきゃいきゃい華やいだ声を上げてる姿が眩しい。いや結構むっさいけど。
「……騒ぎすぎなのだよ」
「騒ぐっつーの! なんなの緑間、オマエ帰国子女とかそーいうのなの?」
「は?」
 あ、イヤそうな顔。どっかの赤毛の帰国子女のこと思い出したんだろーな。
「や、だってさ、すげーじゃんあんなペラペラ喋れちゃうとかさー! おれ絶対無理!」
「あーオレもー」
「……ふん。あんなのはすべて、授業で習った表現ばかりなのだよ」
 くいっと眼鏡を上げながらのたまう緑間に、担任がうんうんと頷く。
「俺のクラスメイトなら、お前らにもあれくらいのことは出来て当然だろう。感心される意味が判らん」
 なんて台詞を吐くが早いか、緑間はすたすたと駅に向かって歩き出してしまった。うわ、速い。 くそぅ脚の長さが憎たらしい! つーか先生、生徒が勝手にどんどん先行ってますけどいーんですか!
「あー、いいいいほっとけ。どーせ次の電車まで10分近くあるから。追い付く追い付く」
「相変わらずユルいっすね先生……」
「緑間は相変わらずキッツイなー。物言いが」
 ですよねー。それでも、誰ひとりイヤそーな顔はしていないところがすごいよね。
「まーでも、緑間だしな」
「そそそ。ツンデレいただきましたーっつーか」
「高尾、おまえ的にはどーよ? さっきの」
「んー、」
 一応考え込むフリをしてやってから、眼鏡をくいっと持ち上げる仕草をしつつ口を開く。
「『お前らの本当の能力の高さはちゃんと承知しているのだよ』?」
「おー、そうくるか」
「オレ的には、『俺に出来る程度のことならお前らも難なくこなせるだろうと信じているのだよ』」
「ちょっと甘すぎねーか?」
「いやーそんくらいでもいいだろ。だいぶ照れてたからな、辛辣さ当社比2割増しだっただろうし」
「そっか? アイツ照れてた?」
「照れてた照れてた。耳真っ赤」
 ごく自然に話に割り込んでくる担任は、呑気そうな眼差しで遠くの緑間の背中を追っている。
「よく見てますね先生」
「見てる見てる。緑間はそーいうとこ不器用でカワイイよなー」
「今の問題発言?」
「無問題発言!」
 でもってけらけら笑っちゃう辺り、なんかちょっと俺に似てる。でしょでしょ、可愛いっしょうちのエース様。
「ちゃーんと授業聞いてるってのも、習ったこと覚えててしかも使えるってのもカワイイし」
「きょーしみょーりってヤツですか?」
「そそ。教え甲斐があるってもんだ、英TもOCTも。そーだ、田中先生にも知らせてやるかな」
「これ以上緑間の株が上がっちゃうとかマジ勘弁!」
 うわームっカつくー!なんて笑う割には、どいつもこいつも棘のない顔をしていて、あー愛されてんなぁ真ちゃんったら、なんて嬉しくなる。
「しかし緑間ってコミュ障コミュ障言われてる割に異文化コミュニケーションはできちゃうのな」
「我々の教育の賜物」
「うわ先生ドヤ顔!」
「調子乗んな教師ー」
 わいのわいのと飛ぶ野次に、ますます満更でもなさそうな顔で担任は笑う。
「そりゃ調子にも乗るって。俺ってば生徒のコミュニケーション能力めっちゃ伸ばせちゃってる超優秀な教師じゃね?」
「はいはい勘違い勘違い!」
「調子乗んな教師ー」
「2回目w」
 ああ、穏やかな日差しの中、真っ黒な学ランの一群がぎゃあぎゃあ喚き合ってる姿も眩しい。いやなかなかごっついけど。
「いや、でも実際、伸びまくってるっしょうちのクラスのコミュ力」
 つられて笑いを含んでしまった声で言ってみると、律儀に全員がこっちを向いた。
「だってアレだぜ? あの緑間の純度高すぎのツンデレを、ほぼ間違いなく翻訳できるよーになってんだぜ、みんな!」
「……うっは、マジだ!」
「『当然だ、人事を尽くしているのだからな!』」
「今モノマネする必要あったの!?」
 ますます賑やかになる笑い声が眩しい。ちょうどその時、少し先で立ち止まって待っているらしい緑間の姿が視界に入ってきたりしたので、俺の気分は更に上昇したのだった。

[2012年12月]