麗しの女王様(I want you to restrict me.)
あんたがこんなにうまいなんて、知りたくなかった、と加賀はぼやいた。
語尾が微かに揺れたのは、今日子が咥え込んだ彼のものをずるりと舐め回したからだ。
悲願の「お付き合い」を始めて約半年。
「来る者拒まず去る者追わず」と評されていたはずの彼は、健気にも女王様に操を立てて、きっちりと身の潔白を保っている。
結果。溜まっている。それはもう、彼とて健康な成人男性なのだから仕方ない。
なのに、そんな事情など欠片も斟酌せずに、彼女のぽってりと赤い唇は容赦なく彼を弄り続けているのだった。
「あら、喜んでくれると思ってたのに」
漸く唇から引き抜いて笑う今日子を見下ろして、加賀は片頬に苦笑を浮かべる。
「初めに誰に仕込まれた、とか、どんだけの男相手に修業した、とかさ、……考えないワケにいかねーだろ」
「気にしなければいいのよ」
「気になる」
「知りたいなら教えてあげるわよ」
「いや、知りたくもない」
「じゃあ何なのよ、」
莫迦ね、と含み笑いをして、今日子は加賀を押し倒した。唾液でぬらつくそれを片手でいじりながら、猫のように身体に乗り上げる。
今日子は騎乗位が好きだ。寝た回数はまだ10回に満たないが、4回目から彼女は上に乗りたがった。
あー、女王様、と、加賀は冗談混じりに喘ぐ。
「バカでもいーです、好きにしてください」
たぷりと揺れる豊かな乳房を見せ付けながら、今日子がゆっくり加賀に跨る。
「本当に莫迦ね、好きにして、じゃなくて、して欲しいコトがあるんでしょ?」
「俺はあんたの馬なんで、うまく乗ってくれれば幸セです」
努力するわ、と囁いて、膝をついたまま先端をあてがった。濡れてはいても初めはきつい。んう、と詰まった声が漏れる。
「ほんと、イヤんなるくらいうまく乗るよな、」
「よく言うわ、」
眉を寄せて侵入の苦痛に耐えながら、それでも今日子は薄く笑う。
「他人のことをとやかく言える資格があるの?」
「俺は別に、フツーなんで。」
「うそつき。会う前から貴方の性癖まで知らなきゃならなかった私の立場も考えなさいよ、」
「セーヘキ?」
なんで、と聞き返した台詞は呻き声になる。
「実に多種多様な女の子とお付き合いしてくれてたもんだから、」
根元まで呑み込んだ腰をゆるりと回しながら、今日子は加賀の反応に笑みを零す。
「貴方の健康状態に問題が無いって結論を出すまでに、ものすごく手間がかかったのよ」
「ビョーキもらうような遊び方、してねーって」
「って確信出来るまで、何十人の女の子に話を聞いたか、」
「何十人もいねーよ」
「あら、そう?」
加賀の上に温かな滑りを滴らせながら、今日子は焦らすように腰を上下させた。
「んぁ、中、すげ、」
喘いだ加賀の喉が反って、呼吸が苦しげに揺らぐ。
「加賀くんは、」
と、啄むようなキスを落として微笑む。
「中に出して、って言っても、絶対に生ではしてくれない、って聞いたわよ」
「自衛手段てヤツですよ」
「莫迦ね、今のこの状況は何?」
「俺はあんたの、馬ですから。自衛権なんぞないんです」
最低だわ、と嬉しそうに言って、今日子は加賀の上で膝を立てた。
「上に乗られるのも嫌いなんじゃなかった?」
「ソレは状況によりますが」
「小柄な女の子と、後ろからするのが好きなんだったかしら」
「んな情報、忘れちまえ」
妬けるわ、と低く囁いて、冷たい手を加賀の胸に置く。ひやりとした刺激に、あ、と声が漏れる。
「貴方は嫌いでも、」
今日子の唇が、艶やかな三日月形を作る。
「私は好きよ、こうするのって」
言い終わらないうちに、ずぷ、と音を立てて今日子は腰を引き抜いた。繋がりが解ける寸前の、すれすれの位置でまた、突き刺す。
緩んだ粘膜に滑らかに呑み込まれていく快感。
う、と呻いて加賀が小さくのけぞる。
つぷ、じゅぶ、と音を溢れさせながら、今日子は少しずつ上下運動の速度を上げていく。
「好きじゃない体位でしてる割には、」
激しく動いている癖に平坦な声で、今日子は薄く笑う。
「随分楽しんでくれてるみたいね、加賀くん?」
楽しむなんて、と、ぎりぎり保っている皮肉な笑みで答える。
「楽しんでるのは、あんたの方だよな」
「生意気な子」
「かわいいだろ、」
「意地っ張りね、おばかさん、」
大輪の薔薇のような微笑を零して、今日子は囁く。
「さあ、どうして欲しいか、言ってみて?」
「あー、女王様、」
声を僅かに掠れさせて、加賀は目を細める。
「あんたの好きにしてください」
「分からないわ、」
赤い唇が堪らなく魅惑的な意地悪さで歪む。
「英邁聡明な女王様にしては、珍しいコトじゃないですか」
反らせた喉元に口付けて、今日子は加賀の減らず口に微笑んだ。
「駄目よ加賀くん、素直に仰い。さあ、どうして欲しいのかしら?」
「あーもう、堪んね、」
ぞくぞくするような歓喜に身体を震わせて加賀は笑い、そのまま、と囁いた。
「そのまま、続けてください女王様、」
激しく腰を打ち付けながら、今日子は笑みを深くする。滑らかな粘膜を潜り抜け、突き刺さる度に先端が子宮口をえぐる。
「あん、」
小さく今日子が喘いで、濡れた内壁がきゅうと締まった。誘惑的なその感触に耐えながら、漸くか、と加賀は考える。
息を切らして汗を浮かせて、太腿までびしょびしょに濡らしていても、今日子はなかなか声を立てない。
意地っ張りね、と彼女は笑うが、そう言う自分も相当なものだ。
「んっとに、ひでぇ女、」
デスクワークばかりしている癖に見事に締まった身体は柔軟で、加賀の上で好き勝手に跳ね続けるだけの体力も充分にある。
けれどそれ以上に感嘆に値するのはその自制心。
最後の最後まで主導権を握っていられるように、快感を貪りながらも決して自分を手放さない。零れる声さえ制御下なのだ。
「褒めてくれてるのよね?」
「ええ、この上なく」
腰を打ち付ける度に響く音よりももっと、見下ろしてくる彼女の眼差しが淫らだ。
ああ、漸く。漸く、興奮を表情に表し始めた。
勘弁しろよ、んな顔見せられたら、そんだけで出ちまうだろ。頭の中だけで軽口を叩いて、腰を突き上げたい衝動を堪える。
「素敵、好きよ、加賀くん、」
「あーもう、好きにしてください、」
宣言している以上、今の自分は彼女の道具だ。完璧な自制心の下、厳格に制御されるだけ。
込み上げて来る射精欲を、散々刺激されては焦らされる、気が遠くなりそうなほど甘美な拷問。
「ん、あ、いい、」
優雅とすら言える仕草で喉を逸らして、今日子が啼く。
「うん、いい、いいわ、そろそろ、」
「イキそう?」
「ん、そう、もうすぐ、」
あー、いい、その顔やっぱ、すっげーエロい。喘ぎながらそう考えて、衝動から気を逸らそうとする。
もう何度呑み込んだか判らない、吐き出したい、という衝動。
絶え間なく続いていた上下運動の刺激に、次第に蕩けていく今日子の表情が重なって、いよいよ堪えるのが辛くなってきた。
「うん、来るわ、来る、……あ、ん、」
焦点のぼやけた瞳が潤んで、堪らない甘さで加賀を見る。
「ん、あん、加賀、く、」
「なに?」
「ちゃんと、奥に、あててね、」
「そんなに、欲しい?」
「だって、」
可愛らしく、そのくせどうしようもなく淫らに唇を尖らせて、今日子は囁く。
「だって、大好き、なんだもの、」
あー、いい、こんな顔して「大好き」とか、ヤバいくらい。それでも、精一杯余裕のある顔で笑う。
「んなこた知ってる、」
「じゃあ、いいでしょ、ちゃんとしてね、」
「女王様の、仰せのままに」
「んっ、あ、来るわ、もう、来ちゃう……っ」
胸に置いた手のひらに僅かに体重をかけて、女王様は宣告を下す。
「出して……!」
ほんの一言。絶対の命令。語尾に被せるように突き込まれた深い一撃で、抑え込んでいた内圧が弾けた。
「く……、んぅ……!」
「ああ、――すてきぃ……!」
迸る刺激の鋭さで、今日子は達する。
その鮮烈な絶頂を、彼女はぞくぞくするほどの貪欲さで求めてくる。
だから、加賀は彼女と寝る時は避妊具を着けない。会う前は、自分の手で処理することも控える。当然、他の女に手を出すこともない。
溜め込んだもののスベテをぶつけて、彼女を撃ち抜き、仕留める快楽。頭の奥が灼き切れるような、歓喜に埋め尽くされる一瞬。
一度の交わりに一度だけの、気が狂いそうなほど甘いその瞬間を、加賀もまた同じくらい貪欲に欲しているのだ。
強烈な収縮を蕩けるような声で包んで、彼女は絶頂を味わっている。
びくん、びくんと震えながら、ゆっくりと背を反らしてゆく。
過程が抑制されている分だけ余計に深く、長い絶頂。額の裏を飛び散る火花に焼かれながら、加賀は放出の快感に目を細めた。
出し終える頃には、今日子の絶頂も終わっている。あ、と短い息をついてから、彼女は唐突に加賀の上にくずおれた。
「はぅう……」
無防備極まりない、蕩け切った声をしている。あの長い長い絶頂の最後で、彼女は漸く自制心を手放すのだ。
男性特有の虚無的なまでの脱力感を感じながら、それでも加賀は彼女の髪を撫でてやる。
くふん、と今日子は息を漏らした。それから、囁く。
「かがくぅん……、」
「どした?」
ほら来た、いきなり別人モード。頭の中だけで加賀は笑う。
「うごけない……」
「あー、はいはい」
欲情を燃やし尽くしたあとの彼女は、まるで融けたバターだ。こちらが動いてやるしか仕方ない。
気だるさを堪えながら彼女ごと身を起こして、そのまま後ろにことんと押し倒してやった。
ずる、と繋がっていた部分が解ける。彼女の中に溜まっていた体液が、僅かに遅れて流れ出てくる。
その感触に顔を顰める余裕すらなく、今日子は既に眠りの淵に滑り落ちていた。
「まったく、ひでぇ女……」
自分ひとりで貪って、さっさと眠ってしまうなんて。後始末を諦めて彼女の脇に横たわりながら、加賀は小さく苦笑する。
「……っていうか、すげぇ女」
抑制の利いた女王様の顔も、達したあとのあどけないくらいの可愛らしさも、どちらも同じ彼女なのだ。
こうなりゃとことん溺れてみてぇな、などと考える。そして同時に、いや、こっちに溺れさせてみたい、とも。
ま、折を見てクーデターだな。眠れる女王様をくるりと抱き締めながら、加賀もまた融け落ちるように、眠った。
[2010年5月]