レイニー・レイニー


 誰とでも仲良く出来たらいい、とは、思ってる。けれどクラスに一人くらいは、ニガテな奴っているもんだろ。
 っていうかむしろ、宿敵っつーか天敵っつーか、どうにもなんない相性の奴。
 アタシにとってはそれがアイツ――根暗で無愛想な、彼なのだ。

 どうもツイてない一日だった。 占いなんて信じちゃいないけど、「今日の蠍座、12位だったよー」なんてけらけら笑うクラスメイトの、無責任な声が癇に障るくらいにはツイてなかった。
 そもそも今日、日直だったし。忘れてたけど。朝のSHRまで。 今日に限って、どの先生もやたらと用事を言いつけるし。挙げ句に担任までコレかよ。
「……っくそ!」
「おい城之内ー、もうちょっとカワイイ掛け声かけろよー」
「すいません余計なお世話です!」
「どっちだよ」
「失礼します!」
 よっこいしょ、の代わりに吐き捨てた悪態と一緒に段ボールを置いて、さっさと職員室を飛び出した。楽しげに笑う担任の声がまた癇に障る。
 ったく、あんな重たいもん、誰か男子に運ばせりゃよかったのに。なんでアタシ。 口に出したらまた「だって日直オマエだろ?」なんてとぼけた声で言われそうだから、敢えて口にはしなかったけどさ。
 ロッカーの上に放ってあった鞄を背負って、一挙に階段駆け下りて、上履きを棚に放り込んで、
「――うわ、」
 それで、昇降口で立ち尽くした。
 稲妻。イヤな空模様だ。傘なんて持ってないし、これ以上遅くなりたくないし、徒歩15分の通学距離では、迎えを呼ぶのも面倒くさいし。
「ええい、ままよ!」
 我ながら古くさいと思うセリフ一声走り出せば、ほんの三分も経たないくらいで、ぽつりと水が頬を叩いた。
「げ、」
 立ち止まった途端にどざっと水が落ちてくる。
「ちっくしょー、ホント、ついてない!」 
 馴染みの駄菓子屋兼煙草屋まで、全力で走れば十数秒。庇の下に駆け込んだ。 残念ながら店番のばあちゃんの姿は無く、つまり、傘を借りられるあてはないらしい。
「うーん……これは、どうにも……」
 雨音はどんどん激しくなる。空は遠くどこまでも暗く、すぐ上がるという気配ではない。
 こうなったら仕方ない、どうせもうだいぶ濡れてはいるんだし。 勢いをつけて駆け出そうとしたその途端、
「っ、」
 何かが目の前を掠めて、
「うわっ!!!!!」
 危うく、衝突寸前、だった。
 瞬きひとつ、一瞬のこと。どうにか回避出来たらしい、と脳が認識するより先に、激しく響く急ブレーキの音。それから、横っ飛びにすっころんだナニカ。
 ――自転車だ。飛び散る水飛沫と、からから転がる蝙蝠傘の向こうに、黒っぽい塊がどさりと落ちる。
「ちょ……」
 呆然。あ、あの黒いの、人だったわ。学ランてことは、もしかして、
「あ」
「…………」
 重たげな水滴を滴らせながら、よろよろと立ち上がったその黒い物体は、アタシを見るなり「うわ」という顔をした。
 だってそれは、天敵だか宿敵だかの、根暗生真面目無愛想、新条直輝だったんだから。
 ……うっわサイアク、絶対キレるよコイツ。思わずぴくりと口元がひきつる。うん、自分で判っちゃったわ、今イヤな顔してるって。
 とはいえこれって十中八九、非はコッチにある、よねぇ……?
「……えーと、……ごめん?」
 語尾が上がって半疑問。たぶん内心諦めてるから。だってさ、謝ったって何したって、どーせキレるに決まってるっしょコイツ?
 しかし意外、目の前のずぶ濡れ学ランは、小さく、静かに溜め息をついた。
「…いや、傘なんか差してた俺も悪かった」
 ……おんやぁ? なんか、予想外の展開?
 無意識に頬を掻きながら、言われた通りの傘の方に視線を流す。ずいぶんでっかい傘だよね、男の子っつーかオジサンてカンジ。 あー、骨折れちゃってんじゃん。差せないことはなさそうだけど。
「……って、え?」
「使えよ」
 え、え、なに、どういうこと。目の前に傘がさしだされてるんですけど。一本骨の折れた傘が。
「使えよったら」
「えっ……い、いいよ、止むまで待つし」
「使えって。どうせもう俺は……こんなだし」
 ……あー、まあ、確かに。泥まみれだもんね、その学ラン。
 でも、なんでさ。こんなどうしようもない状況なのに、なんで不機嫌なカオしてないのさ、あんた。
「や、やっぱ悪いよ、」
 一瞬言葉に詰まってしまって、漸く言い直したときにはもう、重たい黒は自転車の上に飛び乗っていて。
 で、雨の中、きゅっと振り向いた。
「いいから、使えよ。風邪なんか引かれたら厭だし」
「……え、」
 イヤだし、ってどーいうこと?
 考えがまとまるより早く、自転車は走り出していた。
「だから明日も、ちゃんと来いよ! 学校!」
 怒ったような照れたような捨てゼリフを残して、雨の中の影が遠ざかる。
「…なんだよ、ソレ…」
 骨の折れた大きな傘を差したまま、今さっき残されたセリフの意味と、なぜかどくんと跳ねた鼓動の感触と、 土砂降りの中でもはっきり見えたアイツの、赤くなった頬と――そんなものを抱えてただ、立ち尽くすしかなくて。
 空からざあざあ雨の音。頭の裏側、心臓の音。あー、まだ暫く、歩いて帰れそうもない。ああ、もう、全く、どうしよう。
「ホンっト今日は、ツイてない……」
 呟いた声が仄かに色を帯びていて、アタシは思わず俯いた。

[2013年10月]