恋敵(Because I'm in love.)


 ライバルは、遠く日本の空の下。

 僻みじゃなくて純粋に、彼と彼女は不釣合いだと思う。
 大胆不敵で風みたいに自由な彼に、大企業の御令嬢なんて肩書きの女がついてるなんて不自然だ。

 それでも初めは、そういう好みじゃ仕方ないか、なんて思っていた部分もあったのだ。 御令嬢ってくらいだから生粋の箱入り娘なんだろうし、大和撫子とかいう絶滅寸前の淑女の一品種だというのなら、 そしてそれが彼の好みだというのなら、わたしが張り合っても仕方ない。
 なのに、実物を目にして呆れた。
 折れそうに細い柳腰でも、雪のように白い肌でも、艶やかな黒髪でも淑やかな物腰でも慎ましく男性の影に隠れている性質でもない。 豊かな栗色の髪も官能的な身体の曲線も、血色のいい肌もふくよかな唇も、 わたしのイメージしていた「大和撫子」とやらとはかけ離れていた。
 堂々とした押しの強い駆け引き、凛と澄んで威圧的な口調、長く重たげな睫毛の下から、見透かすように見つめてくる強い瞳。 強引で傲慢な女。ましてや、彼よりも僅かとは言え年上だなんて。
 こんな女になら、わたしだって負けない。そう思った。

 本気になれば、勝てる勝負だと思っていた。なのになかなか事態は進展しなくて、半年も経つと流石に焦れてきた。
 彼は陽気で人懐こくて、誘えば割と簡単に付き合ってくれる。 深夜でも二人きりでも、酒の席でも薄暗い店の隅でも、過度の警戒もなくごく自然な態度で。
 そのくせ、手は出してくれない。 酔ったふりしてキスしたら、嫌がらずに返してくれたけど、そのあと面白そうに頭を撫でて、 寝惚けるのは自分の部屋だけにしろよ、などと笑った。
 完全な子ども扱いが悲しいよりも悔しくて、酔ったふりのまま泣いた。 抱き締めてはくれなかった。ただ、黙ったままずっと、頭を撫でてくれていた。

 ライバルは、遠く日本の空の下。滅多に彼に会いに来ず、彼もほとんど会いに行かない。
 毎日、毎日、わたしはこんなに近くにいるのに。目もくれない。

 ライバルは、いつも多忙な女王様。やりとりしている気配もないし、偶の電話はビジネスライク。
 今日も、明日も、わたしは彼と笑い合っているのに。掠りもしない。

 いったいどうして、なんだろう。
 あんな女。あんな手間のかかる、あんな可愛げのない、あんな面倒な、あんな遠くの、よそよそしい女。
 彼とはあまりに不釣合いなのに。 なのにどうして、彼は彼女を選ぶんだろう。

 久々にやってきた彼女を睨んで唇を噛んだら、敵うワケねーよ、と彼が笑った。 あんたが言うな、と、憎らしく思った。
 でもやっぱり、憎めない。わたしだって彼が、好きだから。

 彼が彼女に笑いかける。ほんのちょっと甘えた態度で。 彼女が呆れたように笑い返して、それから少し、照れてみせる。
 付き合い始めのティーンエイジャーみたいなじゃれ合い。 見ている方が恥ずかしい。いい歳しちゃって、バカみたい。
 ――悲しいよりも悔しくて、見ているだけで涙が出た。

 ライバルは、遠く日本の空の下。だけどいつでも彼の中。
 彼にあんな顔をさせる人を、他にわたしは知らない。

 あんな女。あんな偉そうな、あんな堂々とした、あんな綺麗な、あんな気の強い、滅多にお目にかかれない女。
 彼とはあまりに不釣合いだから。 だからきっと、彼は彼女が好きなのだ。

 悲しいよりも悔しくて、俯いた足元に涙が散った。
 泣くのはベッドの中だけにしろよ、などと笑って、また彼が頭を撫でてくれるだろうと、思った。

[2010年3月]