薔薇を数える


 ばさり、と。大きな音がするほどの量の、花束。優雅な白い薔薇をメインに、ぽつりぽつりと薄紅の薔薇。ところどころに金色の、一部に深い紫の。
 ――ユニオンセイバーを思わせる色だ。そして、カール・リヒター・フォン・ランドルを思い出させる色。
「引退、おめでとう」
 花束を投げ出した小柄な体躯の持ち主は、淡々とした声でそう告げた。態度にも、声音にも、祝福の色は一切無い。
「……せめて、きちんと手渡したらどうだ」
「厭」
 溜め息ひとつで諌められるほど、目の前の女はしおらしくない。小ぶりなレンズの向こうから、平坦に見つめてくる瞳。
「ライバルに花なんて、渡したくない」
「言動が矛盾してるぞ」
「置いただけ。渡してない」
「投げた、だろう。あれを置いたとは言わない」
 テーブルの上の花束を取り上げた。男性であるランドルの腕にさえ、少し余る気がするほどの大きさだ。
 彼女がこれを抱えて来るのは、きっと、随分、面倒だった。それでも、花束は傷んではいない。大切に扱ってきたのだろう。あの彼女が。彼女なりに。
「受け取ったんだから、いいってことでしょう」
「……そうだな」
「引退、おめでとう」
 同じセリフを繰り返す。先程よりもゆっくりと。花束越しに目が合った。
「名ドライバー、カール・リヒター・フォン・ランドルにお別れを」
「………、」
「『単なる』オーナー、カール・リヒター・フォン・ランドルに改めて挨拶を」
 片眉だけを上げて応える。
「――ずっと、この日を待ってたわ」
「ライバルが消える日を?」
「チームメイトじゃなくなる日を」
 ぶつかった瞳が瞬いた。
「そこまで嫌われているとは、思わなかったが」
「とぼけないで、」
 ずいと彼女が一歩を踏み込む。薔薇越しの距離が、近くなる。
「わかってるくせに、ずるい」
「お前がだろう」
「私はいいの、」
 女だもの。
 淡々と続けた声がやけに近い。彼女が一歩、更に踏み込む。
「ずっと、この日を待ってたの」
「……ああ」
「だから、さあ。早くして」
「別に、今でなくてもいいだろう、」
「駄目」
 ばっさりと切って捨てられる。薔薇の花越し、強い視線。
「今、言って。せっかく花まで、用意したのに」
「………、」
 思わず黙った。遅れて、込み上げてくる笑い。ああ、なんだ、そういうことか。
「お前、これ、108本もあるのか」
「そう」
 白が89本。ピンクが9本、黄色が7本、紫が3本。そう告げる口調は平坦で、彼女の表情は平板で、祝福の色など一切無い。
 それでも、扱いにくい大きな花束を、崩しも傷ませもせずに持ってきたのだ。ここまで。彼のところまで。
「早くして。今ならできるでしょう、」
 チームメイト同士じゃなくなった今なら。
 平静そのものに見える醒めた目の、奥がちらりと燃えたのを見て、ランドルは唇の端を釣り上げた。
「今後の、お前のキャリアに影響しないか」
「しないわ」
「即答できるほど?」
「平気。癒着だとか贔屓だなんて言われないくらいの成績は、ちゃんと残してきてるから」
「……そうだな」
 花束を抱え直して、薔薇越しに真っ直ぐ、前を見て。ドライバーではなくなったカール・リヒター・フォン・ランドルは、彼女に向かって口を開く。
「これを受け取れ、セラ・ギャラガー。お前なら僕にふさわしい」
「――貴方の、」
 はい、と返ってくる筈の返事は斜めから。
「そういう、偉そうなところが、好きだわ」
「……お前のその、生意気なところは、悪くない」
「『悪くない』程度なの」
「好きだ」
 だから、さっさと答えろ。
 伸ばされた手が108本の薔薇を受け取って、そして、真っ赤になった耳朶が、白い花びらの向こうに覗いた。
 単なるオーナー、カール・リヒター・フォン・ランドルは、口元を綻ばせて答えを待つ。
 さあ、生意気な彼女から、偉そうな彼への、答えは。


[2013年7月]