残香


 我が世の春が来た。
 って言うんでしたかね、こーいうの。

 ……正直に言って、女に苦労したコトなんてありません。
 別に無理して探さなくても、相手は十分すぎるくらいいたし。うん、それこそ物心ついた頃から。
 初恋の記憶は小学校入る前で、初めてもらったラブレターは小学3年のとき。
 中学上がる前にはカノジョがいたし、初体験……はまあいいとして、大体において順調で。
 だから、長い不毛な片想いに自分が飽きも疲れもしなかったってのは驚きで、一種の達成感というか、未だかつてない喜びがある気がするのも本当で。
 そう、厳しかった冬の後の春みたい。
 妙にむずむずしてそわそわして、ワケもなく実にいい気分で、油断すると勝手に顔が弛んでるような、そんな感じ。

 だって、なんの言い訳もなしに、会いたいときに会えるワケで。
 何のご褒美に奢ってとか、誰のお祝いに呑もうとか、いちいち理由なんか用意しなくてもいいってコトで。
 新条とか片桐とか、ついでにフィルとかのオマケ無しに彼女の部屋に上がり込めて、手料理が食べられて、ついでにいちゃいちゃしたりもできちゃうってナニコレワンダーランド。 最高です。
 だから周りにちょっとニヤニヤされるくらい別にいいんですよ、俺は。
 ハヤトの微妙に上から目線な態度も、グーデリアンのしょーもない軽口も、新条のフクザツそうなジト目にも、片桐の悟り切ったような対応にも、別に不満はありませんよ。
 以前よりキャンギャルたちの口調が冷たくったって気にしない。ゴシップ誌の記者が少々しつこくったって構わない。
 ……あー、彩ちゃんのうるうる目だけは若干堪えたけど、アレはまあ気付かないフリするしかないとこなんでしょーがねーわな、うん。

 ただ、ひとつだけ。
 ひとつだけ、困ってることがありましてね。
 ……やめてくれって懇願しなくちゃならないほど深刻じゃないんだけど、平気な顔できるかっつーとちょーっと難しいんだよなっていうビミョーなラインの問題でしてね。

「加賀! 久しぶり。迎えに来てくれたんだ」
「ま、きょーこさんに頼まれちまったからなー。元気かフィル? グレイも」
「おう。しかし、ブリード、」
「その呼び方やめろっつの」
「おっと、悪ぃ。……で、お前、」
「なんだよ」
「昨夜は嬢ちゃんとこにいたのか」
「……言いたいコトがあんならはっきり言え」
「いや……」
「グレイが言いにくいなら僕が代わりに言うけどさ、」
「……だから、なんだよ」
「悪いけど加賀、……似合わないよ。致命的に」
「…………」
「今日子さんに言って、ちょっと考えてもらいなよ……。花の香りは、今日子さんには似合うけど、どう考えても加賀には」
「似合わないってレベルじゃねえぞ。開発者に土下座して謝れってくらいだ」
「うっせーよジジイ! 似合わないのは俺の所為じゃねぇ!」
「……今度、僕から言っておこうか? 今日子さん鈍いし、周りの噂、きっと全然気付いてないんだろうし」

 ……こんな具合で。

 ええ、そうなんですよ。移り香っつーか残り香っつーかがね。
 ……っていうか、石鹸やらシャンプーやら、洗剤やら柔軟剤やら、アイロンかけるときのリネンウォーターまで花の香りなんですよ。きょーこさんち。
 いやいいんですけどねそれ自体は。きょーこさんの匂い、好きだし。
 意外と乙女趣味だってのも、なんつーのホラ、ギャップ萌え?みたいなところもあるし。

 でも。
 それでも、だけど、どうしても。
 たまの休みに泊まったりすると、でもって風呂とかタオルとか借りちゃったりすると、次の日になって一日中、俺から乙女な香りがするっていうのは、それだけは……。
 タバコ吸ってもかき消せるってほどじゃないし、むしろ混じってなんかビミョーだし、人混みだと近くの人が不思議そうな顔するし、っつーか身内、その生温かい目線はやめてくれ。
 みたいな。

 あー、贅沢言ってんのは分かってます。
 こんだけどっぷりシアワセ状況浸かってんだから、少しくらい我慢しろよと自分でも思います。
 けど、やっぱり、どうしても。
 ……溜め息出ちゃうとこなんだよなぁ。あああ。

 ま、そんな事情の現在なんで。
 多少のところは目ぇ瞑っといてもらえると、助かります。はい。


[2011年9月]