星を抱くひと
頬を掠めていく風に煽られながら、あすかは目を細めた。
殺す気かよ、と嘯いた加賀の声と、クレイジーだゼ、と呟いたジャッキー・グーデリアンの声を覚えている。
非難する台詞の筈なのに声は楽しげで、口調は弾んでいて、隠す気もない興奮を映して震えていた。
アドレナリンの奔流。脳内で弾け飛ぶ火花。超音速の快感。まるで常軌を逸してしまっている、ような。
実際、気ちがいじみている、と思う。最高速度750km/h超、平均速度500km/h以上になるCFで、よりによってナイトレースだなんて。
強烈な電力で照らし出されたサーキットはまるでそれ自体発光しているかのようなのに、
それでも拭い切れない闇の重さが、観客席の端まで温く澱んで溜まっている。
切り裂いて走り抜ける、光。ヘッドライトの軌跡はまるで流星雨。
細めた目に映る、光、光、光。
そのひとつひとつを駆り立てる、男、男、男。
FICCYの提案がすんなりと受け容れられた訳では勿論、ない。
暗闇での超高速レースが負う危険の大きさは、関係者全員が懸念していた。
けれど結局、賛同するしかなかったのだ。観客はそれを求めている。
もっと面白い、もっと怖ろしい、見たことのない新しいレースを。
クレアは微笑んだ。――じゃあ、最高のレスポンスを持つマシンに仕上げなくちゃね。
みきは唇を結んだ。――限界ギリギリまでの高精度で整備をするんだ。
今日子は顔を上げた。――運営側に明度の確保を徹底させましょう。
じゃあ、わたしは。
闇を見透かして、サーキットを見つめる。
飛ぶように通り過ぎる、光。ヘッドライトの軌跡はまるで流星群。
闇を裂いていく、光、光、光。
どこまでも流れ去っていく、軌跡、軌跡、軌跡。
――そのひとつひとつの中に、誰かに愛された男たちがいる。
愛されていること以上に、走ることを愛してしまっている男たちが。
輝くことは燃えること、燃えることは消えゆくこと。
大気の中に飛び込んできた星の欠片たちのように、死に向かうことで光芒を放つマシンたち。
クレアは囁いた。――こんな時ほど、信頼性がモノを言うでしょう。
みきは目を上げた。――あたしが絶対、事故らせたりしないよ。
今日子は言い切った。――何としても、テストの機会は増やさせるわ。
じゃあ、わたしは。
そう、生き急ぎ死に急ぐことで、光り輝く男たちがいる。
そしてそれぞれの立場から、その星を輝かせようとする女たちがいる。
願いをかける、それだけじゃなくて。
……わたし、は。
わたしは、何になれるだろう。
星を輝かせるひとでも、単に願いをかけるひとでもないのなら。
ないのなら、たぶん。
握り締めていた手のひらを見た。小さな、冷えた手のひら。
最速を描き出すことも、それを組み立てることも、最高の舞台を用意してやることも出来ない無力な自分。
駆け抜ける彼を見つめているだけ。戻ってきた彼を抱き締めてやるだけ。
ああ、そう。
わたしはたぶん、星を抱くひと。それだけ。
この腕の中へ、この胸の中へ、燃え尽きたい彼を受けとめてやるだけ。それだけ。
目を上げて、サーキットを見た。流星のようなヘッドライトが、また、あすかの脇を走り抜けていった。
[2011年3月]