アナタに似た人
――低気圧がやってくる。その気配を感じて、城之内みきは顔を上げた。
いつもよりほんの少し低い声と、いつもよりほんの少し険しい目元と、いつもよりほんの少し、余裕のない足取り。
「ご機嫌ナナメだね、加賀」
「…………」
ぴく、と眉が跳ねる。あーらら、面白い。にひっと笑うと、ますます加賀の周囲の気圧が下がる。
「…ずいぶん嬉しそーじゃねーか、みきちゃん」
「うん。すっごく楽しい」
「いつからそんな趣味の悪いオンナになったんだよ」
「んー? 別に悪い趣味じゃないよ。いっつも余裕たっぷりってカオしてるだけに、加賀のそーいう態度みたらちょっと面白くなっちゃうのは、
アタシじゃなくても自然なことでしょ?」
けっ、とどこまで本気だか判らないような態度で吐き捨てて、加賀は大きく肩を竦めてみせる。
「で? どしたの」
「…………」
訊きながら、ある程度見当はついている。時計の針は11時過ぎ、普段なら、今日子がファクトリに顔を出す頃合いだ。それがないということは、おそらく――
「また来てんだ? 橋元さん」
判ってんなら訊くな!とでも言いたいのだろう、加賀は無言のままきろりとみきに視線を刺して、それからぷいっと横を向いた。
あらまーかわいい。拗ねちゃってさ。
「そっこまでキライ? いい人じゃん」
「…別に、悪人だとは思ってねーよ」
まあ、それはそうだろう。なんとなれば、彼はAOIとは切っても切れない仲のプレスの一人――文化情報社スポーツ報道部の記者なのだから。
あまり専門度は高くないが記事内容は総じて好意的で、読みにくさも妙な軽さもなく、AOI内部の読者からも概ね好評を得ている。
お調子者で口達者で、図々しいのに嫌われなくて、なのに仕事に対しては意外と真摯で有能で、一見派手な外見なのに、女絡みの悪い噂もとんと聞かない。
うん、悪人じゃあ、ないよねぇ。
「じゃ、いーじゃん別に」
よくないのだろう、加賀としては。判っているけれど敢えてそう言えば、数秒の沈黙の後に漸く、拗ねた態度を拭い切れない声音の答え。
「……気にくわねぇ」
「なーんで?」
「しつこいだろ、あいつ」
「しつこい?」
「一昨日来たばっかじゃねーか。シーズン中ですらねーんだぞ、何をそんなに訊くことがあるってんだよ」
「仕事熱心なんじゃないの。別にいいでしょ、今日子さんがOK出してるんだからさ」
「シゴトはしっかりしてくれて構わねーけどさ、ちーっと親しくなりすぎじゃね?」
あ、本音が出た。内心ちょっぴり頬を緩めながら、それでも表面上だけは、少し辛辣な口調で言ってやる。
「他人のこと言えんの? あんただって、彩さんにずいぶん甘いじゃん」
「……根本的に違うだろ」
「何が?」
「自覚も、性別も、立場も」
はて、困った。苛立った口調で吐き捨てられても、どうにも中身がぴんと来ない。ぱちくりと目を瞬いてから、みきは小さく頬を掻いた。
「えーと…もーちょっと詳しく」
「俺は彩ちゃんがどーしてほしいのか分かってるし、分かってるからうまくかわして付き合ってられんの。
今日子さんは分かってねーだろ。それが自覚」
「…性別ってのは?」
「彩ちゃんが俺を無理やりどーこーするってのはありえねぇけど、今日子さんが無理やり何かされんのは十分可能性のあるコトだって話。
それが性別」
「あと、立場って?」
「彩ちゃんは俺らを撮りに来てる。だから俺ともよく話す。アイツも俺らを取材に来てる。……なのにどうして、今日子さんとばっかり話したがるんだよ?」
「相変わらず理屈屋だね、」
見かけにも態度にもよらずにね。呆れ混じりに、小さく溜息。
「ほっとけ」
「しかも、それでも気が付かないとはね。ブリード加賀にあるまじきことって言うか、ねー」
「……なんだよ」
ぎらついた苛立ちの光がふと薄らいで、怪訝そうな色が瞳に宿る。お、キョーミを引かれたか。よしよし、と頷いてぴっと指を立てる。
「アタシから、もっと有益な指摘をしてあげる。根本的に違う、4つめのこと」
「……?」
「彩さんと今日子さんは似てない。けど、あんたと橋元さんは、似てるよ」
「……え?」
「その危機感、ある意味不吉である意味吉兆。
つまりあんたはちゃーんと今日子さんの好みにハマってて、だけど今は同じく好みの別の男が、あんたより近くにいるってワケ」
「…………!」
「そんな顔してないで、さっさと行動、起こした方がいんじゃない?」
――疾風怒濤の勢いで飛び出して行った低気圧に、みきはひとり、満足そうな笑いを零した。
[2012年12月]