桜の頃
「春は、きらい。桜が咲きはじめる頃は、もっときらい」
彼女は色素の薄い瞳で桜を見つめて呟いた。
「嫌い? どうして?」
驚いて訊いた私に彼女は言った。
「だって、おわかれの匂いがするから」
可笑しなことに、春が嫌いだという彼女こそ私にとっては春そのもののイメージだった。優しくて、明るくて、しかし人気者になるには大人し過ぎる。私たちが出会ったのも春、神奈川にある大学のキャンパスで、「たまたまクラスとアパートが一緒」という、ありきたりな関係だった。
「もしかして、うちの隣の人? クラスも一緒みたいだね」
何の気なしに話し掛けた私に、彼女は意外そうな眼差しを向けてきた。突然抱き上げられた小動物のような、少しだけ怯えた、優しい視線だった。
真面目で、控えめで、気弱で、一生懸命。彼女は宮崎の高校から現役で合格してきた優等生で、東京で一年浪人していた私には、彼女の真っ直ぐさが妙に面映かったものだ。抜けきらない訛りの柔らかな抑揚も、人より少し寒がりなところも、彼女の印象を優しい春めいたものにしていた。
南で育った彼女にとって、桜は三月の花。東京生まれの私にとって、桜は四月の花。だから彼女にとっては別れの季節の花、私にとっては出会いの季節の花だったのだ。確かに彼女は桜の咲き始める頃から妙に落ち着きがなくなって、眠れないといってはよく夜中に電話を寄越した。
「たまには他の人に掛けたら?」
軽い意地悪のつもりでそういうと、彼女は怒りもせずにただ淋しそうな沈黙を返してきた。彼女との付き合いはそう短いものでもなかったはずだが、結局私以外の人間と親しげに話している姿を見たことがない。
彼女は本当の意味で繊細で、手厳しい批判や壮絶な議論には耐え切れないのだ。優柔不断で、不本意ながらもコトナカレ主義の私なら、一緒にいても窮屈ではなかったのだろう。クラスメイトが私の悪口を言っていたのだと、泣きながら訴えてきたこともある。
「だって、あんな言い方って、ない」
自分のことのように繰り返す彼女に、
「他人の悪口くらいでいちいち泣いてちゃ、実際身がもたないよ」
と笑い飛ばしてみせたら、ひどく悔しそうな、とても悲しそうな顔をして黙り込んでしまった。大学に入るまでもずっとこんな調子だったとしたら、碌な友人がいないか、よほどイイヤツとばかり付き合っていたのか、まあそんなところだろうと思った。
三年目の春、気が付いたら彼女は消えていた。神奈川ではちょうど桜が満開だった。大学へは退学届が出ていて、当然のように周りは誰も彼女の行方を知らなかった。届がきちんと出ている以上、本人の決めたことなのだろうと思い、(暫くは自殺者のニュースを見るたびにどきりとしたりもしたが)やがて気にもならなくなった。考えてみれば、私は彼女の電話番号すら知らなかったのだ……。
思い出すのは年に一度、春の訪れるこの時期だけだ。大学を卒業してしまった今でも、彼女のその後について正確に語れる人間には出会っていない。流れてくるのは頼りない噂話だけで――それも、「クスリに手を出して捕まったんだ」とか「一緒に暮らしていた男に刺されたらしい」とか、碌でもないような話ばかりで――そのとりとめのなさがまた春霞のようだった彼女を思い出させた。
私は大好きだった春がほんの少しだけ嫌いになった。ほんの少しだけ淋しくなった。
風にお別れの匂いが混じり、今年もまた、桜の頃がやって来る。
[09年7月]