マイナスロマンチスト(―― Fallen below some degrees of frost.)
――いつの間にか寝入ってしまっていたらしい。転がったまま雑誌をめくっていた筈、だったのに。
視線だけを持ち上げてみると、そっと毛布を捲ろうとしている今日子と目が合った。
カーテンを潜り抜けてくる真冬の月の光。照らし出されたネグリジェが神々しいほど白く見える。
「あら、起こしちゃった?」
「……悪ぃ。寝てた」
もそもそと端へ寄って、今日子を迎え入れるスペースを作ってやる。
猫のようにするりと腕の中に収まった体を抱くと、柔らかに花の気配が香った。
「くすぐったいわ、」
ついでとばかり額に落としたキスに、今日子が子どものような笑い声を立てる。背中に絡み付いてくる手が冷たい。
「手」
「え?」
「冷たい」
「あ、ごめんなさい」
「いや、離さなくていい」
「いいの?」
声が綻ぶ。
「うれしいわ。加賀くんて、あったかいもの」
「風呂上がりだろ? もうこんな冷えちまってんの?」
「ちゃんとあったまってから上がるようにしてるんだけどね」
冷えた手でからかうように頬を撫で、今日子は加賀の胸に顔を埋めた。
「髪を乾かしてる間に冷えちゃうの。今日は電話までかかってきて、尚更」
「そりゃご苦労」
確かに、浅い眠りの中で今日子の声を聞いていた気がする。
「仕方なかったんだけどね、明日の予定が急に変更になっちゃったから――」
「変更?」
「取材対応が9時からになったの。……と、なると、7時半過ぎには出なくちゃ」
そう言ってから、やだわ、一時間でだいぶ気温も違うのに、と溜め息。
「もう暫く寒いっつってたな」
「明け方は氷点下まで落ち込みそうですって」
「てかこの手、もう凍ってんじゃねーの?」
「実は墓場から掘り出して来たのよ」
陰鬱な冗談をさらりとこぼして、微笑む。
「半分死人か」
「手と足の先がね」
「雪女と寝てる気分」
「寝たことあるの?」
「んなワケねーだろ」
「疑似体験ね」
「貴重な機会をどーも」
「嬉しい?」
「つーか、冷たい」
軽口を叩き合っている間に、手と同じくらい冷えた脚が加賀の脛に絡み付いてくる。
「加賀くんはあったかいわよね。足も、背中も、ほっぺたも」
「嬉しそーだな」
「うれしいわ」
数分前と同じ台詞を繰り返して、くすくす笑う。
「こんな季節なのに、入ったばっかりのベッドがあったかいなんて。最高」
「俺は湯たんぽか何かか」
「貴方と付き合ってて、よかった」
「……フォロー無し?」
仕返しとばかりに今日子の上に圧し掛かりながら、ちょっと憮然としてみせる。
「付き合っててよかったなんてのは、もっとこう、いい例の引きようがあんだろ」
「たとえば?」
「……たとえば」
詰まる。今日子が面白そうに笑う。
「どうなの? 付き合っててよかった、って貴方が思うのは、どんなこと?」
「……たとえば、」
呟く。少しだけ眉を寄せて、場違いなくらい真剣な気持ちで。
「目が覚めたとき真っ先に、あんたにキスができること」
「…………」
数秒、今日子の動きが止まった。と、堪え切れなくなったのか、突然盛大に吹き出す。
「笑うトコかよ……」
「だって、」
くつくつと肩を震わせながら、今日子が顔を上げる。
「そんなロマンチストだったかしら、と思って」
「悪ぃか」
「悪くなんかないわ」
目を合わせて、悪戯っぽく微笑む。
「寧ろ、素敵な例えをありがとう。おかげで私も思い付いた」
「……たとえば?」
「ベッドの中でごく偶に、意外な顔を見せてくれること」
「……生意気」
「なんとでも言って、」
ネグリジェの紐を解かれながら、嬉しそうに今日子は笑い声を立てる。
加賀の体温を待ちかねるようにして、氷の肌が白く、光った。
[2011年1月]