誰のために咲いたの
彼女が現れた途端、ガレージの中に明るい光が射し込んだように思えた。
鮮やかなレモンイエローのニットドレス。つばの大きな麦藁帽子。剥き出しになった華奢な肩は、うっすらと小麦色に日焼けしている。
向日葵みたい。思った途端、手がシャッターを切っていた。音に気付いた彼女が振り向く。
「彩さん!」
明るい声。『帝王』風見ハヤトの最愛の妻は、脱いだ帽子を高く掲げて手を振った。遮られた陽射しがきらきらと零れる。
幾つになっても、少女のようだ。初めて彼らを知った、あの頃の眩しさそのままに。
「ひっさしぶりー! 夏休みはどうだったー?」
「あっと言う間だったわ。あすかさんは?」
ぱたぱたと駆け寄って来た彼女と握手を交わす。小さな手。陽射しに焼かれたのか、ほんの少し手のひらが熱い。
「結構忙しかったわー。あ、でもね、月曜日にこっちに来れたの。火曜日は一日、観光させてもらっちゃった」
「ハヤトくんと?」
「そう。ヒマワリ畑がすっごくってねー、あー、彩さんにも見せてあげたかったくらい!」
余計なお世話だが、嫌味も悪気も感じさせないのが彼女一流の人徳というものだろうか。苦笑とからかいを混ぜ合わせた笑顔で、彩は小さく彼女を指した。
「それで、この服なのね」
「え?」
「そっくり。向日葵に」
きょとんとした顔で、自分の服装を見下ろす。鮮やかな黄色。腰を押さえた褐色のベルト。焼けた肌。左手に下げた麦藁帽子。
「……ほんと。ヒマワリだわ」
「気付いてなかったの?」
「ハヤトが、」
言って、ちらりと夫へ視線を投げる。モニタを覗き込みながら、最終チェックに余念が無いようだ。
「やけにしつこかったの。絶対これがいいって」
「狙ってかしら、それとも無意識に?」
「……ニヤニヤしてたから、わざとだわ」
にやにや、って! 思わず笑ってしまった。ほんと、幾つになっても十代のようなカップルだ――CF界の、ある意味での頂点に、君臨し続けているふたりなのに。
「いいじゃない、素敵だわ。僕の妻は向日葵のような人です、だなんて」
「そうかしら」
「――愛されてるのね」
たっぷりと間を取って言ってやると、えへへ、と彼女は笑った。
照れでも恥じらいでもない。自分の立場を、自分の魅力を、よく承知している真っ直ぐな笑みだ。
「彼が夢中になるのも無理ないわ。綺麗で可愛くって、忙しくしてるのにいつも、サーキットまで観に来てくれて。自慢の奥さまよね」
笑っていた瞳が、ふいと細まる。らしくもないほど深い色をした眼差し。
少しの空白を置いて、彼女はゆっくりと言った。
「それは、」
「……それは?」
「ハヤトが、ちゃんと見ててくれるからよ」
――思わず、彼の方を見た。気付いているのかいないのか、相変わらずの無邪気な熱心さで、テクニカルディレクタと何やら意見を戦わせている。
「だって、ヒマワリってね、」
唇が綻ぶ。穏やかに声が零れる。
「太陽の方を向いて咲くんだもの」
きらきらと眩しい彼が、いつも見ていてくれるから。
「……いいじゃない。素敵だわ」
さっきと同じセリフを、さっき以上の意味で。
愛されているのではない。愛し愛されているのだ。――なんて羨ましい、関係!
えへへ、と笑う彼女はやっぱり少女のようなので、彩ももう一回笑った。向日葵を咲かせる太陽が、ガレージの外できらきらと光った。
[2011年8月]