タンゴはひとりじゃ踊れない(It takes two to tango.)


「ってきょーこさん! なんだよその言い方! いくら何でもひでぇだろ!」
「そんな言われ方されるようなことをした貴方が悪いのよ!」
「うわ! 一方的に俺の所為!? 企業の代表者とも思えねー不誠実な発言! 責任転嫁もいいトコだぜ!」
「企業倫理を持ち出すような文脈じゃないでしょ!」
「また怒鳴る! その態度が問題だっつってんのッ!」
「問題視してるのは貴方だけだわ! いちいち突っ掛かりすぎなのよ! 実害は無いんだから軽く受け流したらどうなの!」
「おい待て、何だよ、俺の気持ちはどーでもいいってコトか!? こんなに尽くしてるってのに、今のはちょっと冷たすぎんじゃねーの!?」
「尽くしてくれなんて頼んだ覚えはないって言ってるでしょう!」
「あんたの態度の話をしてんだよ、俺は!」
「煩いわね少しは声量を落としなさいよ! だいたい、さっきからあんたあんたって、口の利き方がなってないんじゃなくて!?」
「あのな! 声がでけぇのはお互いさまだろーが!」

「……うん。今の加賀の発言は正しいね」
「取り敢えず、早く終わらせて欲しい……」
 並んで座ったみきと新条が溜め息を吐く。ところはAOIのピットではなく、SUGO方のそれである。
 余所者の筈のふたりがこんなところで弁当を広げていられるのは、偏に風見ハヤトとの深い親交のおかげ、なのだが。
「どっちの声もよく通りますよねー、確かに。アオイのピットでやってるんですか、あれ?」
 そのハヤトが少年のようにくるりと瞳を廻らして訊いた。
「そ。大したもんでしょー、二人とも」
「うちとは結構離れてるはずなのにすごいわね。まるで隣で言い争ってるみたい」
 肩を竦めたみきに、感心したようにあすかが応える。
「グーデリアンさんが引退して、漸くハイネルさんの怒鳴り声が聞こえなくなったと思ったのに」
「まあ、シュトルムツェンダー程じゃないにしても、前からあの二人も結構な頻度で言い争ってたしな」
「で? 何があったの?」
「昼休み前まではもっと静かだったような記憶があるんですけど」
 首を捻るハヤトに、みきが溜め息混じりに答える。
「うん、昼休み前までだね。発端はたぶんアレだ」
「あれだな」
 うんうんと頷く新条。
「何か心当たり?」
「そもそもは加賀だったんだよねー……」
「お昼になった途端、一目散にうちに向かって来たよな。それはそれは嬉しそうに」
「で、今日子さんの顔見るなり、あのでかい声で、」
「『きょーこさん! メシまだだろ、どっか喰いに行こーぜー!』って」
「そしたら今日子さんがこう、なんとも冷たーい目をして、 『あら随分な余裕ね加賀くん。よっぽど自信がおありなのかしら、それともうちなんか敵じゃないとでも言いたいのかしら?』」
「ったら加賀がすかさず、『ひっでー! 何だよその言い方! せーっかく誘いに来てやったのに!』」
「で、今日子さんが『来てやった、ですって? 誰が頼んだのよそんなこと。貴方と違って私は忙しいの』」
「って言うと加賀が、『俺だって忙しいっつーの! そこをわざわざ会いに来てんのに、冷たすぎねーか!?』」
「『煩いわね最終調整で大変なのよこっちは! 終わったら相手してあげるから、自分のチームに帰りなさい!』」
「『ったってどーせ決勝終わるまでお預けとか言い出すんだろ! あんたはいっつも、いっっっつもそーだ!』」
「……今日子さんの真似、上手いですね、みきさん」
「新条さんの加賀さんもやけに似てるわ……」
「「長い付き合いですから」」
 声色まで真似て再現小芝居を熱演していた二人が、ぱたりと真顔に戻って声を揃えた。
「まあ、こんなカンジでさ。それからずーっと、あの状態」
「じゃあもう十五分近く言い争ってるんですか。すごいな」
「さっさとどっちか折れちゃえばいいのに」
 ずずー、とアイスティーを啜りながらあすかが言う。
「や、今日子さんがイラッとすんのもわかるよ。今日の時点じゃ、ドライバーよりスタッフ側の方が、明らかに忙しいんだもん」
「でも確かにあの言い方はないよな。加賀はあんなに嬉しそうにしてたのに、いきなり皮肉をぶつけられたんじゃちょっと、可哀想だ」
「加賀だって大人げないよ、『せっかく』『来てやった』なんて、そりゃ今日子さん怒るって」
「『いっつもそーだ』も拙かったんじゃないか。いつも不満に思ってたのか、って疑っちゃうよな」
「それをいったら『相手してあげる』もカチンとくる言い方じゃない?」
 もぐもぐと握り飯を咀嚼する合い間に、新条とみきは何やら分析と批評を繰り広げている。 なるほどー、と盛んに頷いているハヤトを横目に、あすかは言った。
「今の話、聞かせてあげたら? 加賀さんたちに」
「えー? なんで?」
「なんでって、……そしたら少しは、減るんじゃない? ケンカ」
「んー……まぁ……」
 何やら歯切れが悪い。
「? なんで迷うの? 迷惑してるんでしょ、みんな」
「「うん」」
 そこは迷いなく頷くアオイ所属の二人。
「毎度と言ってもいいくらいだからさー、加賀がうちに顔出す度に溜め息出ちゃうよ。もはや条件反射。 昔の馴染みがあるだけに、スタッフの連中も追い出すに追い出せないし」
「今日子さんが向こうに出向くことはまずないからな。被害に遭うのはうちばっかりさ」
「そんなでも決して嫌われてはいない、ってとこが加賀さんのすごいとこですよね。人徳ってやつなのかな」
 にこにこと感心しているハヤトに、新条が恨みがましい目を向ける。
「風見……お前、他人事だと思ってるだろ」
「だって、なんだかんだ言って面白がってるでしょ、新条さんも」
「……少ーしな」
「あ、やっぱり」
「だから止めないの?」
 目をぱちくりさせるあすかに、みきと新条は顔を見合わせてから、くすりと笑った。
「……ま、それもあるけど。なんだかんだ言って、本っ当に迷惑になるような時間帯にはしないしさ。 何よりアレは、あの二人なりのジャレ合いみたいなもんだから」
「今日子さんがあんなあしらい方するのは加賀だけだし、加賀があんな噛み付き方するのも、今日子さんだけだもんな」
「……単なる痴話ゲンカってこと?」
「簡単に言っちゃえばね」
 みきが笑う。
「いいトシして大したもんだ、っつーか……微笑ましいよね、っつーか。 いや、ホント迷惑なのは迷惑なんだけど。でも、あーやって確かめてんだろうし」
「確かめてる……」
「この人には甘えてもいいんだ、ってことをさ」
 意地っ張りで負けず嫌いでプロ意識の高い、似たもの同士の二人だからこそ。
「まあ、そんなだから、どっちが悪いってのも本当は無いんだよな」
「あ、僕、ぴったりの言い方知ってます」
 ふと、ハヤトが悪戯っぽい顔をする。
「なに?」
「“It takes two to tango.”」
 流暢なイギリス式の発音で紡がれた言葉に、新条が破顔する。
「なるほど。タンゴはひとりじゃ踊れない、か」
「?」
「どっちもどっち、とか、喧嘩両成敗、っていう意味よ」
 怪訝な顔をしたみきに解説しながら、あすかもくすりと、笑った。
「そうね、ハヤト、アタシもそう思う。だって結局、あの人たちって」
「あの人たちって?」
「もう、ひとりじゃいられない、ってことでしょう?」
「……あぁ」
 得心する。
「確かに。ケンカするにもじゃれ合うにも、仲直りするにも愛し合うにも、やっぱり二人いないと、だよね」
「いいんじゃないかな、お互いが必要不可欠だっていうなら」
「お幸せに、ってとこよねー」
「だな」
 ずー、と茶を啜る音が長閑に響く。 まだまだ止みそうにない売り言葉と買い言葉の応酬を聞き流しつつ、何やら納得した風情で頷いている、四人である。

[2010年8月]