遠く、時は流れ
「んな怒んなって、小じわ増えるぞ。……またちょっと老けたんじゃねーか?」
些細な喧嘩の最中に、真顔でそんなことを言った。
余りに真剣な目をしているものだから、怒っていたのも新たに怒るのも忘れた。
「そりゃ、多少は老けるわよ、」
こうして生活している限り。
当たり前のことなのに、彼はとても真剣に、とても不思議そうに私を見るのだ。
琥珀色の瞳は今でも、どこか少年めいた明るさを残していて、切ないような、懐かしいような気持ちになる。
そう、彼はなかなか歳を取らない。流れている血が特別だから。
私は老いる。彼を置いて、ごく当たり前に。
「……いいわねあんたはいつまでも若くて」
「け、いつまでも頑丈だっつーことに感謝しやがれ」
「あんたこそ、私が未だにここに居てあげてるんだから感謝しなさいよ」
「…………」
いくら努力したって。全力で守ってくれたって。
いつか、人は死ぬ。
ただの人間である私は、半妖である彼よりも、早く老いて先に死ぬ。間違いなく。
「居なくなっても、あとを追ったりしちゃ、駄目よ?」
「アホか!」
するわけ、ない。
「見るべきもんは山ほどあるからな。おめーが、寂しいから早く来い、っつったって行ってやらねーぞ」
三人の子どもと、二人の孫。孫はこれからもっと増えるだろう。
古い友人、その友人たちの子ども。その孫。
村人たち。世界。その、行く末。
「いっそ500年、頑張ったらいいんだわ。ママや草太に宜しく言ってよ」
「無茶言うな、」
それでも、先を見つめて。
離れることは、怖くない。彼もきっと、同じ気持ち。
遠く流れる雲を見上げて、自分の居ない未来を描き――
――うん、悪くないわ、と、思った。
[2010年4月]