浪漫飛行(And I could do with you.)


送信者:加賀くん
件名:Chicago
本文:しばらく出歩きます

 と、一言だけ書かれたメールが唐突に届いた。
 彼の所属するチームから、翌年のレースの予定を「無し」と告げられて戸惑っている、という相談を受けたばかりだったから、 今日子はその「出歩く」という一語がどれくらい壮大な行動を意味しているのかをすぐに悟った。

送信先:加賀くん
件名:Re>Chicago
本文:無事でね

 同じように一言だけのメールを返して、今日子は彼のことをそれっきり忘れた。

 それから、時々メールが届いた。本文が返信を要求していなかったから、今日子は反応を返さなかった。
 それでも気紛れに届き続けるメールは、彼が今日子の無反応にちっともめげていないことを示していた。

送信者:加賀くん
件名:Mexico City
本文:フリーダ・カーロって夢に出そう

送信者:加賀くん
件名:Fairbanks
本文:さっき紫のオーロラ見た!

送信者:加賀くん
件名:Vladivostok
本文:港のにおいがする

送信者:加賀くん
件名:Hong Kong
本文:相変わらずの夜景

送信者:加賀くん
件名:Mumbai
本文:暑すぎて融ける

送信者:加賀くん
件名:Baghdad
本文:ティグリスってやっぱすげーわ

送信者:加賀くん
件名:Cairo
本文:ピラミッド見に行く

送信者:加賀くん
件名:Istanbul
本文:泳いで渡れそうだよな

送信者:加賀くん
件名:Athens
本文:かなり焼けた

送信者:加賀くん
件名:Monaco
本文:走りてぇー!

送信者:加賀くん
件名:Venezia
本文:で、そろそろご一緒しませんか?

「……この一言に、5ヶ月10ヶ国もかかるのね」
 聞こえるはずもない指摘を呟いて苦笑する。
 もっとも、意地っ張りはお互いさまだ。5ヶ月ぶりに「返信」を選択して、今日子は苦笑を微笑に変える。

送信先:加賀くん
件名:Narita
本文:迎えに来るときは知らせてね

「ま、この調子だと、成田までにはあと三ヶ月はかかるわね……」
 長期休暇をいつから取ろうかしら、と思いながら、今日子は携帯電話を閉じた。

[2010年5月]