企む
今シーズンもそろそろ終わりという頃に、自分の誕生日はやってくる。
夏が過ぎてアップデートが終わり、チャンプが決まって業界の関心が来季のシートに関する噂に移る頃。
開発ペースが少し落ち、長期スパンの計画がいきなり降ってきて、ファクトリがちょっとしたことでどよめいたり盛り上がったりするそんな時期だ。
ねえ、なんか欲しいものある?と、唐突に彼女が訊いてくる。毎年のことだけど、いや、別に、と答える。
なんでアンタってそんな物欲薄いのさ、いっつもプレゼント考えなくちゃいけないこっちの身にもなってよ、って、何故だかこっちが怒られたりする。
だから今年は、ちゃんと答えられるようにずっと、考えていたんだ。
「珍しいよね」
「……なに?」
嘘を吐くのが上手くない自覚はあるから、不意打ちで話しかけられるとどきっとする。
けれど振り向いた視線の先の彼女は何の疑念も抱いていないような自然な態度で、ただ、ちょっと悪戯っぽいような目をしていた。
「アンタがこんなデートをしたがるなんて」
「珍しいかな」
「家にこもってる方が好きなクセにさ」
「まあ、それは間違ってないけど」
「せっかくの『誕生日』だから?」
「うん。二週間遅れだけど」
ささやかなお祝いだけなら、もっと実際の日にちに近いところでも出来た。理由を付けて半月以上も後に約束を取り付けたのは、それなりの企みがあるからだ。
日付の話に突っ込まれないうちにと、何気ない口調で話題を逸らしにかかる。
「というより、新しい店に興味があるから、かな」
「んー、確かにキョーミ深いと言うか……和風創作ドイツ料理ってなんか、ワケわかんないんだけど」
「だから楽しみなんだろ」
本当はシーズン中に一度下見に行ったのだけれど、嘘を吐くのは苦手だけれど、なるべくさりげなく言ったら彼女もまあね、と頷いた。
「ま、アンタがいくら食べても大丈夫な程度には持ってきてるから。安心して」
「助かる」
「でも、こんなのが誕生日プレゼントでいいの?」
少し申し訳なさそうな顔になる彼女に、笑い顔だけの答えを返した。彼女もちょっと、笑う。
傾き始めた陽射しを受けて、猫のような目がきらきら光る。
「で、寄りたいとこってどこ?」
「もうちょっとなんだ。そこの、ポストのある角で曲がったらすぐ」
言っているうちにその角に辿り着き、曲がるとすぐに目の前に、瀟洒な石造りの外観が現れた。彼女が眉を寄せる。
「……なにこれ。服買いたかったの?」
「ああ」
「珍しいじゃん、いっつもいくら奨めてもキョーミないっつって流しちゃうのに」
「今回は特別」
「誕生日だから?」
「そう。誕生日だから」
扉を潜ると、品のいい「いらっしゃいませ」の声に迎えられる。流石は今日子が贔屓にしている店だ。格段に雰囲気がいい。
「お待ちしておりました」
「ありがとう。じゃあ、宜しく頼む」
「では、こちらへ」
「……え!? アタシ!?」
ぽかーんとしていたところを促されて、彼女が素っ頓狂な声を上げる。思わず笑ってしまう。
勿論、バカにしてではない。可愛くって面白くって、上手く吃驚させられたのが嬉しくって、だ。
「ちょ、ちょっとナオキ、どーいうこと! 何笑ってんのさ!」
怒られた。それでも嬉しくって、ゆるんでしまっている頬は、今更誤魔化せそうにない。
「誕生日だから」
「誕生日なのはアタシじゃなくてアンタでしょ、」
「そう。おれの誕生日だから」
「だから、なに言って」
放っておけば切りもなさそうな唇を人差し指で塞いでやって、笑う。
「綺麗に着飾ってるみきを、エスコートする権利をプレゼントしてもらうんだ」
「は……」
あ、絶句した。真ん丸になった目が可愛い。ぱちぱちとぎこちない瞬きを数回経て、それから、かあっと顔が赤くなる。
「ばっ……ばっか、ナニ言ってんの! どこで覚えたんだよそんなキザなセリフ!」
「主にランドルのところでかな」
正確には、ランドルのやり口をあすかから聞かされたハヤトから聞いたのだが、細かいことはどうでもいい。
大事なのは、今目の前にいるみきが、動揺して頬を真っ赤にしているみきが、いつも以上に可愛くて堪らないということだ。
「みきのプロ根性、尊敬してるよ。頼りにもしてるし、正直、変に色気振り撒かないでいてくれる方が、余計な心配しなくて済むから助かるってのもある。でも、」
何か言いたげに口をぱくぱくさせているみきにこれでもかというほどの微笑みを投げて、駄目押し。
「『自分はメカニックだから』って理由でいっつも、質素な格好でしかパーティーに出ないのって、勿体無いとも思ってるんだ。
おれだって、自慢の恋人は思いっ切り、見せびらかしたい」
「な……」
セレブとしての振舞いが身に付いている今日子やあすかと違って、みきはあまり、そういった場で目立ちたがらない。
けれど、自分にとっては最高の、世界一綺麗な恋人なのだ。
婚約者への吐息混じりの賛辞を当然のような顔をして受けているハヤトや、取り巻き連中から今日子を連れさらって得意そうな顔をしている加賀や、
子どもじみた顕示欲に駆られた愛すべき男たちと同じように、彼女の美しさを見せつけてやりたい気持ちは重々、ある。
「だから、今日はおれの我侭に付き合ってもらいたいんだ。それが今年の、プレゼント」
どう?と首を傾げてみせると、耳朶まで赤く染めたまま、みきはこくりと頷いた。
よかった。思わず破顔した途端、にこにこと見守っていた店員たちが、華やかなドレスを幾つも持ってやって来た。
鮮やかな赤に秋らしい黄色、花びらのような白に可愛らしいピンク。
選び切れないよ、と困惑の声を上げるみきを、時間はたっぷりありますから、と宥めながら試着室へと連れ去って行く。
「待ってる間に、おれにはアクセサリーの方を見せてもらいたいな。あとで、彼女のドレスに合わせてやりたいんだ」
「かしこまりました」
そう、時間はたっぷりある。予約したあの風変わりな店に、招待客が集まり始めるまでは。
最終戦が終わった今だからこそ、忙しい予定をやりくりすることも可能なのだ。
駆けつけてくれるのは皆、みきにとってだけではなく、自分にとっても懐かしい顔、親しい顔ばかり。
派手に装いたがらないみきをよく知っている彼等だから、きっと狙い通りに驚きの声をあげてくれるだろう。
そしてそのゲストたちの顔ぶれに、みきがどんなに吃驚してくれるか――それもまた楽しみで堪らないのだ。
ポケットの中のモバイルが着信を告げる。
最寄り駅に着いたと知らせるあすかの声が、合同誕生会なんて楽しみね! プレゼント、新条さんのもみきさんのもすっごい面白いの買ったからね!と
はしゃぎたてるのを聞きながら、本来なら祝われる立場の筈の主催者は、パーティーの段取りを再度脳裏に組み立て始めた。
[2011年10月]