つながっている
――夜明けまであと、どれくらいだろう。薄い毛布の下で目を開いて、ルリはぼんやり考えた。
理由もなく目が覚めてしまったけれど、辺りはまだ真っ暗だ。
起き上がるには早すぎる。また眠るには目が冴えすぎている。とりあえず、そっと隣を窺ってみた。広い背中の向こうから、すうすうと規則正しい寝息が聞こえている。
アルマさん、よく寝てるみたい。微笑ましい気持ちになって笑う。
高すぎる身長、無口で無愛想、口調も一見ぶっきらぼうなアルマは、夜は長い手足を不器用に畳んで、小さく背中を丸めて目を閉じる。
そしてそのまま、イビキもかかず寝言も言わず、控えめで物静かな様子で眠る。
それが如何にもアルマらしくて、ルリは見る度に少し、嬉しくなってしまうのだ。
頻繁にではないがこうして夜を一緒に過ごすようになって、どれくらいの時間が経ったのだろう。肌を合わせた回数も、もう両手の指だけでは数え切れないくらいになった。
不器用に重ね始めた体が少しずつ要領を覚えて、今ではルリが挿入の辛さに息を詰まらせることも、アルマが焦って失敗することもなくなった。
ひとつひとつ、階段を昇っていく。経験が増える度に、新しい何かが見えてくる。
それに驚き、笑い、喜ぶ。アルマと一緒に。
それがとても――とても、嬉しい。
長い間、独りだった。
いや、唯一の肉親を10歳という幼さで失ってしまった彼よりは、きっと幾らもマシなのだ。
ルリには鏡が居てくれて、仮死状態同然とは言えアオイも居てくれて、支えてくれる藍羽財団という存在が、ちゃんとあったのだから。
それでも。長い間、ルリは独りだった。支えてくれる仲間が居てくれるからこそ、却って孤独だったのかも知れない。
弱みも涙も、見せてはいけないと思っていた。素直に感情を表すことなんて出来なかった。
そう意識することさえ、忘れた。
意地になっていたのだと、今になって思う。辛いなら辛いと、怖いなら怖いと、言えばよかったのだ。
言ったって、誰もルリを見限ったりはしなかっただろう。今なら、そう思えるのだけれど。
横になったままそっと、手を伸ばしてみる。指先がアルマの、裸の背に触れる。
さらりとした肌の手触りと、ほんの少し硬い筋肉の感触。
自分のものではない体。一緒にいる、ということ。
この人と――つながっている、ということ。
無口に、少し早足にどんどん先に歩いて行ってしまう、この背中を追いかけるのが少し、寂しいこともあった。
拒まれているように思えて、勝手に怯えてしまうこともあった。
でも今はもう、怖くない。
たとえはぐれても、幾らか遅れても、伸ばした手はきっとまた届くと、素直にそう思えるのだ。
「俺は君に、生きる意味をもらった。――ありがとう」
彼がそう言ってくれたとき、涙が溢れ出したのと同時に、気付いた。
私もです、アルマさん。私もあなたから、生きていく力をもらったの。
唇を噛んで肩をいからせて意地を張ってずっと突っ立ったまま耐えるんじゃなくて、
手を伸ばして、手を繋いで、もっと素直になればいいんだってわかったの。
そうすれば、一緒に歩いていけるんだ、って。
力を貸して下さい、と。
たすけてください、と口に出すことが誰かを、逆に救うこともあるんだなんて、本当には解っていなかった。
でも、あなたが教えてくれた。
あなたが受け入れてくれたから。
伸ばした手を、掴んでくれたから。
つながっていけるんだって、ちゃんとわからせてくれたから。
不器用で無愛想だけれど、時々妙に鋭くて、肝心のところでとても、優しい人。
広い背中は、ルリを拒んだりしない。呼んで、駆け寄って、手を伸ばせばきっと、微笑んでその手を取ってくれる。
だからもう、この背中を、寂しいなんて思わないから。
――だから、だいすき。
音を立てないように気を付けて、そっと背中にすり寄ってみた。
ルリよりも少し高い体温。男の子の肌の匂い。頬に伝わる、心臓の鼓動。
「……ぅん、」
小さく漏れた声に、はっとなる。
「ごめんなさい、起こしてしまった?」
「んー……」
気だるげに寝返りを打って、それでもアルマは目を開けない。半分寝惚けているらしい。邪魔にならないようにと少し離れようとすると、大きな手にぎゅっと掴まえられた。
「あ、」
「…まだ寝てよう…暗いし…」
返事をする前に、もうすっかり寝入ってしまっている。伸ばした左手で、ルリの右手を掴んだままで。
唇が自然と綻んだ。そのまま、もう少し近付いて、繋がっている手にそっと、キスをした。
夜が終わる。もうすぐ朝が来る。日が昇り、そして傾き、やがてまた真っ暗な夜が来ても、きっと次の朝を待てる。
一緒なら。アルマとなら。
つながっている、この手のひらの温もりがあるなら。
目を閉じたルリの耳に、柔らかな寝息が心地よく響いた。
[2012年1月]