あなたの「モノ」よ(―― I am yours.)


 今日は、そうなるだろうということは判っていた。 表彰台に滑り込んだ新条は、インタビューに答える為に既にスタッフたちの輪の中から消えていたが、 熱戦ながらも5位入賞に終わった加賀の方は、如何にも気楽そうにその辺のクルーを掴まえては無駄口を叩いている。
 会話が途切れた瞬間にふいと手を挙げると、今のうちに汗流してくるわ、と言い残してその場から消えた。 ああ、私も着替えなくちゃ、と、数秒遅れて呟くと、今日子は後をマネージャーに任せてモーターホームへと向かった。
 自分が目立つ性質だという自覚はある。長身で、声も足音も大きい。 それでも、決勝が終わってまだ間もないこの時間帯は、今日子に向けられる視線も少ない。 皆、興奮し切っているからだ。目に見えている筈のものが、見えなくなってしまうくらいに。
 誰もいない。無意識に周囲に気を配りながら、ごくさりげない動作でドアを開ける。躊躇わずに入る。後ろ手に閉める。 ――その動作が終わるかどうかという内に、横から伸びて来た手ががしゃりと鍵を掛けた。
 振り向く。目が合う。猫のような、強烈な輝きを帯びた目。今日子より少し、本当にほんの少しだけ高い位置から、不穏な笑いを含んで見下ろしてくる。
 腕も肩も既に剥き出しだ。汗に濡れた衣服は如何にも邪魔くさそうに押し退けられている。流しっぱなしの水の音。汗の匂い。煙草のにおい。 ――待ちくたびれた、と言わんばかりの。
「遅ぇよ」
「気を遣ってるのよ。これでも」
「十分で終わらせる」
「五分にして」
「短すぎんだろ、」
「2位はブーツホルツなのよ。グーデリアンやランドルと違って、長々と喋ってくれるようなタイプじゃないんだから、」
「オーケー。七分で」
「……っ、早く済ませて」
 言い終わる前に、叩きつけるような動作で上半身を倒された。本来、電話台として機能する筈の備え付けのデスク。 冷たい天板に頬を押し付けられる。感触を認識するよりも早く、スカートが捲り上げられる。
「っ、」
 真夏だというのに、ひやりとした空気が肌を粟立たせる。温度の問題ではない。羞恥と、恐怖の問題だ。
 そう簡単に他人の目に触れさせていいところではない筈の、そこが、こうもやすやすと剥き出しにされてしまうということ。
「期待してた?」
「……覚悟してたのよ、」
「期待だろ。どろどろになってんじゃん」
 詰るような口調と共に、指先がつうと割れ目をなぞる。びくり、と背筋が強張る。
「すぐ入りそーだな、これなら」
「……早く済ませて」
 さっきと同じ台詞を吐き捨てて、目を瞑る。途端、下着を引き下ろされた。閉じた瞼が、びくりと震える。
 きっちりと仕立てられたタイトスカートの下は、ガーターベルトとストッキング、それから薄い下着一枚。 パンティストッキングは履かなくなった。3回破られて懲りたのだ。 替えを用意するよりも、破られないように工夫した方が早い。それが彼の好みに適ったのも、この習慣を定着させた理由だった。
「あと六分くらい?」
 他愛無い会話と同じ声音で彼が言う。聞き慣れた声、聞き慣れた口調、なのに、勝手に身体が強張る。
 思う間もなく押し当てられた。かたい・あつい・つるりとした感触。
「っく、」
 唇を噛んで備える。無駄だと判っていても。その反応を待っていたかのように、後ろからゆっくりこじ開けられた。
「……っ、あ、」
 みしっ、と音がするように思える。いつもだ。幾ら濡れていたって、それは弛んでいるというのと同義ではない。
 潤滑油があるからと言って、何の苦労も無しに入る訳ではない。何回、何十回繰り返したって。
「きっつ……、」
 囁きがすぐ近くで聞こえる。立ったまま後ろからという方法が彼のお気に入りだ。スペースを取らず時間の無駄もない、ということらしい。
 今日子の髪に顔を埋めて鼻を鳴らす。動物めいた仕草が興奮を煽る。
「やっぱ簡単にゃ、入んねぇか、」
 折り重なるように倒れた上半身、頬が触れそうなくらいの距離。それでも、その声に優しさはない。 代わりに残酷さも、嗜虐もない。キツイ、というのも入らない、というのも、不満ではなく単なる感想だ。 詰っているのでも要求しているのでもない。――今日子は、ただの道具に過ぎないのだから。
 彼の為にではなく自分の為に、意識して筋肉の強張りを緩める。平均より恐らく大きい彼のものを受け容れるのは難しい。何度やっても、慣れない。 ぎち、ぎち、と捩じ込まれていく感触が少しずつ中に降りてきて、突然、ずぶりと突き刺さった。
「ひ……!」
 下腹を押し広げる圧迫感と熱。口から零れる声の質が変わる。全身の毛が逆立つような気がする。快感ではない。屈辱感さえ伴う、羞恥と苦痛。
 それなのに、回路が繋がってしまう。感じてしまう。身体中が悦んで、しまう。
「まだ五分ある?」
「……ん、」
 肯定も否定も出来ない。デスクに頬を押し付けたまま、眉を寄せて今日子は耐える。悪くしたら突き破られてしまいそうな腹の内側に、どくどくと脈打つものを感じる。
 動きは初めから容赦がなかった。手加減も様子見もない。限られた時間内に迅速に処理を終えること、それがこの行為の目的で、そして今日子はその為の道具。 それだけの話だ。 道具相手に気を遣う莫迦はいない。況してや、意図的に理性を脇に追いやっているこんな状況で。
 だから今日子は、快感なんか望まない。 それでも濡れるのは、それでも声が出るのは、彼に馴らされてしまっているからだ。繋がる筈のない回路が、内側から押されて繋がる。神経の束を電流が走る。震える。 脳髄に刺激が突き刺さり、指を、腰を、滑りつく粘膜を慄かせる。 粘性の限界を超えて溢れだした体液が、つう、と太腿を滑り落ちて行った。
「流れてきた」
「や、」
「汚れても大丈夫だよな?」
「あ、あ、いや、」
 質問の形を取ってはいても、それは質問ではない。何を答えたって止める気なんかない。道具の反応を確かめているだけ。 だから、優しさなんか欠片もない。ただ、動きだけが激しくなっていく。
 叩きつけられる音。時間の感覚がどろどろに融けて崩れ落ちる。 もう判らない。何分経ったのだろう。もしインタビューが終わって、撤収が始まってしまったら。 誰かが、今日子を探しに近くまで来たら。加賀を呼ぼうとしてドアを開けたら。――こんな姿を、見られてしまったら。
「あ、なんか締まった」
「う、」
 恐怖心が興奮を煽り立てる。それから羞恥が。
 自分は道具なのだ。使い倒されるだけ。思いやりも配慮も無しに、ただ絶頂を求めて貪られるだけ。
「あと三分てとこ、か?」
 腰を掴んでいた手がするりと尻の丸みに移った。来る。予感が背筋を駆け上がる。爪が喰い込むほどきつく握り潰されて、痛みがびりびりと今日子の神経を刺激する。
 息を吐く。強張ろうとする身体を無理矢理に開いて、力を抜く。打ち付けられる音。内部をえぐる感触。擦り付けられるというよりは、繰り返し突き刺されている。 中から、押し破られてしまいそうになる。痛い。怖い。つらい。苦しい。浮かび上がってくる幾つもの言葉はすべて意識の表層に表れる前に弾けて、背骨の奥で溶けた。
 ああ、来る。確信が波になって押し寄せる。一際強く押さえ付けられる感触。
「く……、は……!」
 中が、中で、容赦もなく突き刺さったその棘が震えて、鋭く震えて、一瞬の硬直が、解けるように熱い流れになって、吐き出して、注がれて、満たされて広がって滲み通って―― そして僅かな、意識の空白。
 絶頂ではない。今日子は達しない。それは行為の目的ではない――今日子はただの、道具なのだから。
 あるのは一種の充足感だけだ。或いは達成感。期待に応えられたという単純な喜び。信頼を裏切らなかったという安堵。 ただの道具の、道具なりの、最大限の悦楽。
 ふはぁ、と大きく息を吐く音が響いた。自分のものなのか、彼のものなのかよく判らない。少しの間動きも音も無くなって、それから、ぬるりと腰が引き剥がされた。
 遠くはぐれていた感覚が戻ってくる。突っ伏した目の前にあるデジタル時計の数字が漸く見えてくる。
「六分で済んだ、」
 急がなくちゃ、と言いかけた途端に彼が笑った。いつも通りの口調で。振り向くより早く水音が高くなって、彼がシャワールームに引っ込んだのだと知れた。
 六分で済んだ、ということは、……猶予は、よくて三分というところか。力の抜けた下半身を腕の力で持ち上げるようにして、今日子は漸く立ち上がった。
 下はそのままにしておいて、キャミソールとシャツを取り換える。チームウェアの代わりに薄いジャケットを羽織り直し、乱れた髪を整えて、一分。 デスク脇のティッシュペーパーを引き寄せて、流れ出してきたものの始末をする。下着を引き上げ、弛んでしまったストッキングを留め直して、二分。 デスクの位置のずれを直し、脱いだ衣服をランドリーバッグに移し、シャワールームにいる加賀の様子を確かめてから、ドアにかけられた鍵を外してそろそろ、三分。
 ――ノックの音が響いた。水音はまだ止まない。呆れ顔を作って振り向くと、開いた扉の隙間から、申し訳なさそうに覗くスタッフと目が合った。
「……オーナー? こちらにいらしたんですか、あの、加賀さんは、」
「やっぱり。そろそろ時間だろうと思って、私も呼びに来てたの」
 作っておいた呆れ顔は、効果的に働いているだろうか。考えながら声を張り上げる。
「ほら、加賀くん! 呼びに来てるわよ! 急いでって言ってるじゃない!」
「だーからー、ちゃんと急いでるってー、」
 きゅっと水栓を捻る音、扉の開く音、足音。タオルを適当に巻きつけただけの格好で、加賀は悪びれもせずに笑いながら出て来る。
「やー、きょーこさんが呼びに来てくれたのは分かったんだけどさ、ちょーど顔洗ってたもんで」
「言い訳してる暇があったら急ぎなさい、」
「すいません加賀さん、プレスの方が何人か、加賀さんからもコメント取りたいって待ってて……」
 頭を下げるスタッフに手を振って、今日子はドアに足を向けた。
「後は任せるわ。私も、連絡事項取りに行かないといけないから」
「あ、オーナー、打ち上げの場所聞いてます?」
「大丈夫。ちょっと遅れるけど、ちゃんと合流するから先に始めててね。ほら加賀くん、手が止まってるわよ」
 ぴしりと指摘を投げ付けると、屈託のない声が返った。
「おー、んじゃきょーこさん、またあとでなー」
「ええ。またあとでね」
 にこりと笑う。外へ出る。ドアを閉める。――息を吐く。
 そう、またあとで。スタッフたちにはただ単に、あとで打ち上げ会場で、というだけのことに聞こえただろう。
 またあとで、続きがある。短時間では達することの出来ない今日子の為に、今度は加賀が道具になる。 彼は今夜も、きちんと期待に応えてくれるだろう――さっきの今日子がそうだったように。
 微かに熱を帯びた頬を外気に晒して、今日子は足早にその場を離れた。

[2011年8月]